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地口落

 欧米には、ハロウィンに代表されるような仮装大会がありますが、その昔、日本でもお花見の時期なんかには、変装仮装して楽しんでいたのだそうです。そうした茶番用の小道具や貸衣装屋なんてものまであったっそうですから、なんとものんびりした話です。

「花見に行こうと思うんだが、なんか面白い趣向はないかなぁ」
「そうだなぁ。こういうのはどうだい。浪人1人と、巡礼2人、それに六十六部(ろくぶ)が1人の合計4人で、やるんだけど、まず浪人が道の脇で煙草を吸ってるところへ、巡礼2人が火を借りに来る。火を付けようと顔を見合わせたところで、一足あとに跳び下がって仇討ちのセリフになる。
 『やあ珍しや。汝はなんの某よな。何年以前国許において、我が父を討って立ち退きし大悪人。ここで逢ったが盲亀の浮木憂曇華の花待ち得たる今日の対面。いざ立ち上がって、親の仇だ。尋常に勝負、勝負』
ってな具合で、チャンバラが始まる。そうすると見物が集まるだろう。頃合を見計らって、六十六部が『しばらく、しばらく』と割って入る。『仇だ仇だと付けねらったら数限りのないものです。どうぞこの場は、あたくしにおまかせ下さい』そう言って、酒、肴を取り出す。今まで本当の仇討ちだと思って手に汗握って見ていた見物が、『なんだ花見の趣向だ』とひっくり返る。とこういう筋なんだが、面白いだろう」

 てなこと言い出して、早速、仇討ちの用意をして、花見に出かけます。
 ところが間の悪いことに、仇討ちの真似事をやってるところへ、本当の仇討ちだと勘違いした侍が、助太刀をかってでます。こっちはただの町人、むこうは本物の侍ですから、はじめから勝負にならない。これはたまったものじゃないと逃げ出す。

 オチは、侍が「勝負は、五分だ!」と巡礼役を勇気づけるのに対して、「肝心の六十六部(ろくぶ)がまいりません」


【注】
【六十六部】
 諸国の国分寺へ詣で、教典を1部ずつ納める人。後には、物貰いの商売になった。「ろくぶ」と略することもある。

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