その昔、反魂香という薬がございまして、心を込めてこれを火にくべると、死んだ人に会えるというものでした。この薬、一時期大流行いたしまして、川柳なんかでも、
忘れかね反魂丹を焚いてみる
と詠われたほどです。
さて、長屋に夫婦が住んでいまして、夫の方はちょっと間が抜けているのですが、奥さんは、なかなかしっかり者の美人で長屋中の評判でございました。ところが、美人薄命と言いますか、流行り病にあって、奥さんの方は亡くなってしまいます。
落胆した男は、いっそ自分もあの世へなどと考えますが、まだまだ色々と未練があります。なにか奥さんに会える方法はないかと考えていたところ、反魂香の存在を知ります。
夜中に男がいろりに火を入れ、薬屋で買ってきた反魂香をくべると、黄色い煙がすぅっとたちます。もうひとくべすると、また黄色い煙がひとすじ天井まで立ち上ります。嬉しくなった男が、買ってきた反魂香を全部いろりにくべると、部屋中もうもうと黄色い煙でいっぱいになり、男はけむくて咳き込むやら、涙が出るやらで訳が分からなくなりつつ、奥さんが現れるのを今か今かと待ち受けていると、表で戸を叩く音がします。喜びで転がるように急いで扉を開けると、長屋の者が雁首そろえて、
「なんかきな臭いけど、火事かい?」