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仕込落

 世の中には器用な人がいるもので、カラオケなんかで、びっくりするぐらいうまく歌われる方がおられるかと思うと、プロ顔負けの手品を披露する人もおられます。

 さて、その昔、善さんといって、たいそう物まねのうまい人がいました。彼は気のいい人で、有名人の物まねから、動物の物まねまで、頼まれれば嬉しそうに物まねをするような人でした。

「善さん、今晩うちに来て、俺の物まねをしてくれないかなぁ」
「それは構いませんけど、なんでまた、あなたの物まねを?」
「今晩、ちょっと野暮用で出かけるんだけど、親父がうるさくて。悪いんだけど、親父が話しかけたら、『お父っつぁん、眠うございますから、お休みなさい』か、なんか言って、適当にあしらってくれないかねぇ」

 悪いヤツがいたもので。

 ともあれ、夜遊びに出かけた若旦那の代わりに、善さんは、声色を使って、あたかも本人が部屋の中にいるように振る舞っていたのですが、悪いことはできないもので、とうとう見つかってしまいます。そこへ、忘れ物を取りに帰ってきた若旦那が、<

「善さん、タンスの中の紙入れ、取ってくれないか。おーい、善さん、聞こえてるかい」
「この馬鹿野郎。こんな夜中に、どこほっつき歩いてんだい」
「あはは、善さんは器用だなぁ。親父そっくりだ」


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