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逆さ落

 お酒というのは面白いもので、酔うと普段とは全然違う性格になってしまう方がおられます。ひょっとすると僕も、性格が変わるタイプなのかもしれませんが、あいにく僕は性格が変わる前に眠くなってしまうようで……。

 留さんが道を歩いていると、仲のいい熊さんが手招きをしています。なんだ、なんだと寄っていくと、いいお酒が手に入ったから一緒に飲まないかとのこと。もちろん、留さんに異存あろうはずがありません。

 熊さんは、奥から一升瓶を引っ張り出してきます。留さんは、気を利かして、お作りを買いに行きます。

 楽しい酒盛りが始まり、まずはお酒の持ち主である熊さんが一杯いきます。おいしそうに飲み干した熊さんは、湯飲みに酒をつぎ、さて今度は留さんが、一杯もらおうと楽しみにしていると、そのままぐいっと飲み干してしまいます。せっかくの楽しい酒盛りです。一杯や二杯のことで文句を言うようなしけたことは留さんはいたしません。だいいち、お酒は熊さんのものです。向こうが二杯飲んで、こちらが一杯というのが、マナーというものでしょう、と留さんは、自分を納得させ、次こそはと楽しみに待ちます。

 熊さんは、そんな留さんの気持ちを知ってか知らずか、今度はジャブジャブと酒をなみなみ湯飲みにつぎます。やっぱり熊さんは俺の親友だ。あんなにたくさんついでくれる、と留さんが感謝していると、熊さんは、そのまま湯飲みを自分の口に運んでしまいます。

 そんなことが何回か続くと、だんだん留さんも腹が立ってきます。そして、とうとう

「てやんでぇ、こちとら江戸っ子でい。酒なんて、家に帰れば浴びるほどあるんだい。畜生。おめぇの酒なんかいらねえよ」

と怒って出ていってしまいます。

 一人残された熊さん。

「なんだ、あいつは怒り上戸だったのか」


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