[][目次]

仕込落+ぶっつけ落

 巌流島と言えば、武蔵と小次郎ですが、落語の世界では、どうも勝手が違うようです。

 渡船が川の中ほどにさしかかった頃、眉が太く、目がぎょろっとした、いかにも堅物そうな田舎侍が、キセルをプカリプカリとふかしていたのですが、船の縁で火玉を払おうとポカリとやった途端にポキリと折れてしまいました。あっと思ったが、もう後の祭り。折れたキセルの先は、ブクブクと川に沈んでしまいました。腹を立てた侍は、周囲の人に八つ当りを始めます。

 狭い船の中、誰もが迷惑だと思っているのですが、相手が武士だとうかつなことも言えません。町人の分際で無礼千万、そこへ直れ。なんて言われて切り捨てられたらたまったものではありません。とにかく自分にとばっちりが来ないようにと皆がみな首をすくめていると、船の後ろのほうに座っておりました老齢の武士が、立ちあがり、この若い武士をたしなめます。しかし、若侍の方はおさまりません。今にも刀を抜かんばかりの勢いでくってかかります。話はこじれ、岸についたところで果し合いということになります。

 血気にはやる若侍は、たすきを十字にかけ、刀を構え、岸に着くのを今か今かと待ちうけます。一方、老武士の方は落ち着いたもので、従者から槍を受け取り、二、三度しごいてから、すくっと立ちあがります。

 そうこうする内に船は中洲に。待ちかねた若侍は、船が着くのもまどろっこしく、「おいぼれ続け」とばかりに、ぱっと船から飛び出します。すると老武士は、槍を川底に突きたて、ぐいっと押します。船はすーっと川中に。老武士は落ち着き払って船頭に、「あのような馬鹿者に構わず先に進みなさい」

 どうなることかと固唾を飲んでいた乗客も、これには拍手喝采。中洲に取り残された若侍に対して、罵声を浴びせます。もちろんこれは、若侍が泳げないとふんでのことですが。

 ところが、怒り心頭の若侍は、着衣を脱ぎ捨てたかと思うと、ざぶんと川に飛び込み、あれよあれよと言う間に船に追いついてきます。乗客は、上や下への大慌て。しかし、老武士はさすがに落ち着いたもの。追いついてきた若侍を一喝し、

「汝は、水に潜ったというに、まだ頭が冷めぬか」
「いや、さっきのキセルの雁首を探しにきた」


[][目次]