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地口落

 昔、女がおりまして、この女、おしゃれも好きだし、遊びも大好きという大変愛すべき性格の持ち主でした。

 彼女のような人間にとって残念なことに、欲望のおもむくまま生きようとすると、この世はとかくお金がかかるもので、それでも若い頃は、まだ貢いでくれる男がいたのですが、歳をとるとそういう訳にもいきません。次第に借金が借金を呼び、にっちもさっちもいかなくなってしまいました。こんなことなら、いっそ死んでしまおうと思ったのですが、あの女は借金で自殺したと言われるのはいや。そうだ、誰か相手を見つけて死ねば心中と浮名がたつ。それがいい、そうしましょというわけで、昔付き会っていた男性の中から、ちょっとぽーっとした人を選びます。選ばれた方はたまったものじゃない気もしますが、そこはぽーっとした男、女に声をかけられたというだけで有頂天になってしまいます。

 そんな訳で二人して品川に行き、まず男がざぶんと橋の上から海に身をなげて、次に女がというところで、帯をつかまれて引きとめられます。

「後生だから、離しとくれ。あたしゃ、もう生きてられないんだよ」
「だめだい、どうせ金がなくって死ぬんだろ。番町の旦那が、お前さんの借金を支払うって言ってたぜ」
「あら、そう。払ってくれるの。嬉しい。でもどうしよ。先に一人飛び込んじゃった」
「誰が飛び込んだんだい。金公? あいつならかまうことない。あのおっちょこちょいがいなくなったってどうってことないよ」

 ひどい言われようですが、それはともかく。品川は遠浅でして、大人の膝ぐらいまでしかありません。これでは、ちょっとおぼれる訳にもいかなくて、しこたま水を飲んでむせかえったものの、無事(?)男は岸にたどり着きます。

 落ちは、女にだまされて悔しい思いをした男が、友人に協力してもらって幽霊話で女を脅したところ、さすがの女も因果話に恐ろしくなり、命の次に大事な髪を切ってしまいます。そこで男が現れて「あんまり男を釣るから、髪を切って比丘(びく)にしてやった」


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