読書感想の目次

歴史入門

著者フェルナン・ブローデル
タイトル歴史入門
出版社太田出版出版年1995年価格1553円
評価★★★★★

【感想】

 歴史とは波及の産物である。
 波及は、時間的にも空間的にも発生する。
 それは、湖面に石を投げ込んだときに起こる波紋にも似ている。歴史学とは、「事件」が時間的・空間的に、どこまで影響力を及ぼしているのか、言い換えれば、ある「事件」は、過去の、あるいは他の場所の「事件」とどのように連鎖しているのか、連鎖はどこまでたどれるかに関する学問である。

 ブローデルに代表されるフランス・アナール学派の功績の1つは、歴史における波及性について、時間的・空間的境界の存在を指摘した点にあげられる。

 中でも、<世界=経済>が、同時代において複数存在していたとするブローデルの指摘は、世界史における一大転機であった。それは、従来の世界史・地域史といった認識からの脱却を意味する。<世界=経済>の文脈の中で「事件」が再度位置づけられることによって、従来、政治史中心であった歴史において、社会史という新たな記述の枠組みが可能となった。

 また、<世界=経済>においては、1ないし複数の中心と、その周辺からなるといった彼の構造的認識は、マルクスの史的唯物論に代表されるような進歩的歴史観を止揚するものでもあった。歴史はマルクスが想定していたような、生産手段から阻害されてきた層の解放の物語ではなく、中心の移動と、それによる新たな周辺の形成として解釈することが可能になった。

 以上のようなブローデルの歴史解釈に関する枠組みは、世界システムの説明として、極めて有効なものである。特に、これまで革命として認識されていた「事件」が、実際には歴史的断絶ではなく、継続的な歴史的潮流の「個人的時間」における1つの顕在化にすぎないとする説明は説得力を持つ。ブローデル自身は、近代世界システムについてしか言及していないが、恐らく彼の認識枠組みは、他の歴史システムにおいても通用すると考えられる。

 ただし、ブローデルの認識枠組みでは、システムの変換がなぜ起こるのかを、必ずしも十分な説明ができない。我々にとってもっとも必要とされている現状認識、つまり、現代は中心にとっての危機なのか、システムそのものの危機なのかの判断基準をブローデルの認識枠組みは提供しない。

 言い換えれば、今後の歴史学者には、システムの変換を説明できる歴史認識を提供することが要求されているといえよう。願わくば、A君やY君、W君のような若い研究者が、その先陣を切ってくれることを。


読書感想の目次

とみくら まさや (vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date : 2000.04.15 $