著者 | 京極夏彦 | ||||
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タイトル | どすこい(仮) | ||||
出版社 | 集英社 | 出版年 | 2000年 | 価格 | 1900円 |
評価 | ★★★★★ |
お相撲さんです。
といきなり言われて困られたのではないでしょうか。実は僕も困っています。先が続かんぞ。
ともあれ。
かつて、僕はお相撲さん研究会の一員でした。もっとも、この研究会は、主任研究員兼経理担当1名、雑用1名(ちなみに、僕が雑用係)の計2名体制だったというのは紛れもない事実なのですけれど。
我々お相撲さん研究会の研究の結果からいえば、お相撲さんは、ああ見えて実は結構雄弁だったりします。
彼らは、押し出し、寄り切りに始まるあの四十八もの語彙を持っています。さらに、師匠・おかみさん・兄弟子・弟弟子・行司といった身分関係を規定する言葉、これに「がんばるっす」「努力するっす」「精進っす」「くやしいっす」といった述語群を駆使して会話することができます。
さらに我々の研究では、今挙げた言葉はお相撲さんたちにとっては、いわば外国語ではないかとの驚くべき見解に達しております。
例えば、テレビのインタビューで次のような場面を見たことはないでしょうか。
「関取、優勝おめでとうございます」
「はぁはぁ」
「今回は、実に見事な15日間でしたねぇ」
「はぁはぁ」
「ずばり、好調の理由はなんでしょう」
「はぁはぁ」
「優勝おめでとうございました。以上、小岩山関のインタビューでした」
我々は、これが決して激しい無酸素運動に起因する息切れではなく、れっきとした会話が成立していると見ています。その証拠に、アナウンサーは顔色一つ変えずに、インタビューを進めています。少なくとも、このアナウンサーと関取との間ではコミュニケーションがとれていると見るべきでしょう。この事実から、我々一般人からすると息切れとしか思えない例の音こそが、彼らの母国語ではないかと、お相撲さん研究会では推察しています。
例えば、道を歩いていて突然、
「Excuse Me」
と外人さんにたずねられて、
「えっと、あの、その」
と我々がしどろもどろになるあの状態と同じく、極度の興奮と緊張により、一時的に第二言語である日本語を失念し、お相撲さん言葉で対応してしまったと見るべきではないかと思うが、どうであろうか。駄目っすか。
馬鹿話はこれぐらいにして。
本書は、確信犯的なメタ小説です。
『四十七人の刺客』、『パラサイト・イブ』、『すべてがFになる』、『リング/らせん』、『屍鬼』、『理由』、『ウロボロスの基礎論』といった現代日本の代表的なミステリー小説を元に、緻密なプロットで上記7作品を1つのメタ小説として成立させています。
本書は、元が元だけあって、基本的に恐い話になっています。しかし、それ以上に、脂こくって、暑苦しくてぶよぶよとした肉の塊のお相撲さんたちが、大挙してわらわらと迫ってくるシチュエーションは、別の意味で非常に恐いものとなっています。
それにしても、空手や柔道ではなく、あえてお相撲を国技にしてしまった日本人のメンタリティ。なかなか奥が深いようです。