読書感想の目次

室温

著者ニコルソン・ベイカー
タイトル室温
出版社白水社 出版年2000年 価格1600
評価★★★★★

【感想】

 ニコルソン・ベイカーは、最近、僕が2番目に好きな小説家です。

 ベイカーは、ある限られた時間の中で語り部の頭に浮かんだこと、全てをただ、延々と書き連ねていくというのを得意とします。たとえば、『中二階』では、主人公がオフィスのエスカレーターを上がる短い時間の中、靴ひもが切れたことから始まって脱線を続けていく思考の過程を書いています。『もしもし』では、テレフォンセックスの二人の会話(こちらもご多分に漏れず、どんどんと話が脱線していくのですが)を余すことなく書いています。そして、本書の『室温』では、若い父親が娘を寝かしつけるまでの20分間に思い付いたことを微細に書いています。

 こうした手法のため、小説で一般的に必要とされている「主題」、そしてその主題にかかわる「事件」といったものは、本書には全く出てきません。

 例えば、定職という点では不安を抱えるものの、愛する妻との間に子供をもうけた父親が主人公という設定で、おそらく普通の(平凡なとは、あえて言いませんが)作家であれば、心理的ストレス、妻との諍いに焦点を当て、夫婦の絆を試すような試練を設定し、それを克服する(最近の作家は、破綻させることの方がお好きなようですが)というドラマに仕立て上げるのでしょう。しかし、ベイカーはそうしたドラマ性を一切拒否します。僕のような、従来の小説に飽き飽きしているような人間にとっては、ベイカーの姿勢は大変潔く感じます。

 今、僕はベイカーの作品にはドラマ性がないと言いました。しかし、実はこれは正しくありません。ベイカーの作品が、あぶくのようにとめどない思考の流れを描いていることは確かなのですが、そこには確かに1つのドラマが、それもとってつけたようなドラマではなく、あっと驚くようなドラマがあります。種明かしになって恐縮ですが、『室温』の中で最初に出てくるピーナッツバターのガラス瓶が、ラストで、マイクの思考に現れては消える様々なオブジェを包み込むものとして再登場するとき、ベイカーのプロットの巧みさだけではなく、僕たちが手に入れられる大切なものは、ピーナッツバターのガラス瓶に凝縮されること、そしてそれは産まれたときに最初に使う道具である哺乳瓶にまでさかのぼれるという事実に対して、思わず拍手を送りたくなります。

 もう1点、僕がベイカーの作品を好きな理由は、彼の作品には「にじみ出るようなユーモア」があることです。

 彼の作品には、「ガハハ」と笑うような場面はまずありません。かと言って、「ニヤリ」とするわけでもありません。彼の小説を読んでいるときに出る笑いは、例えば日曜日の遅い朝、恋人とベットの中で、今日の予定を計画するのでもなく、将来のことを話し合うのでもなく、街で見かけた怪しい人の報告とか、失敗談とか、何一つ重要ではないことを話しているときに出る、クスクス笑いに似ています。

 確かにベイカーの作品には、深刻な問題意識はないのかもしれません。ただ、どうなんでしょう。少なくとも僕は、小説を読むときまで、深刻な気分になりたいとは思わないのですけれど。


読書感想の目次

とみくら まさや (vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date : 2000.08.30 $