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思考の敗北あるいは文化のパラドクス

著者アラン・フィンケルクロート
タイトル思考の敗北あるいは文化のパラドクス
出版社河出書房新社 出版年1988年 価格1800
評価★★★★

【感想】

 本書は、アイデンティティの問題について、「個」であるのか「集団」であるのかについての極めて優れた解説書になっています。

 デカルト的な「我思うゆえに我あり」として誕生した近代人のアイデンティティは、しかしながら必ずしも万全ではありませんでした。

 「私は私である」との表明は、結局のところ、何も説明しておらず、かといって、いとうせいこうの『ノーライフキング』に登場する少年のように自分を構成していると思われるものを列挙していったとしても、部分はあくまでも部分であり、それが全体となるわけではありません。結果的に言えば、デカルトが「コギト・エルゴ・スム」と言った瞬間に近代人のアイデンティティ喪失は始まったのではないかと僕は考えています。

 他方、我々は、何かを考えるときに意識的・無意識的にある種の制約を受けています。それは属する社会であったり言語であったりしても構わないわけですが、いずれにせよ我々の思考はすでに所与の条件によって既に規定されていることに着目して、アイデンティティの基盤は社会的・文化的集団にあるとする考え方があります。

 しかし、この考え方に立ったとしても、共通性の範囲はどこまで拡大し、どこまで縮小できるのかという点について非常に曖昧です。言語の共通性なのか、二足歩行をすることなのか。逆に範囲を限定していけばいくほど、個別性を強調することになり、最終的には個々人の間に何らの共通性も見いだせない、逆説的ではあるが「私は私である」との主張と何ら変わらない結論になるのではないか等々。

 本書は、こうしたアイデンティティの「個」と「集団」の問題について、実によく整理されています。

 ここ最近のマスメディアの「アイデンティティの崩壊」という警鐘に違和感を感じている方は、ぜひご一読下さい。マスコミの勉強不足と底の浅さがよ〜くわかります。


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とみくら まさや (vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date : 2001.07.10 $