著者 | M.フーコー | ||||
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タイトル | 言語表現の秩序 | ||||
出版社 | 河出書房新社 | 出版年 | 1981年 | 価格 | 2500 |
評価 | ★★★★ |
言語表現の持つ秩序性−権力性と言い換えても構わないのかもしれませんが−について、フーコーはいまだに先進的だと思います。
フーコーは、言葉は既に語られる前から社会的・文化的規制を受けている。仮に、語り手あるいは書き手がタブーに挑む場合でも、既に「タブーに挑む」という規制を受けていると指摘します。言い換えれば、人はどのような場合にでも、「完全な自由」状態ではあり得ない訳です。
フーコーの指摘は、21世紀に生きている我々にはもはや自明なことのように思えるかもしれませんが、しかしながら意外と−しかも、僕にとって絶望的なことには、作家と呼ばれる人が−この問題について無頓着なケースが多々見受けられます。
先日、ある小説家志望の女性と話す機会があったのですが、彼女もまたこの問題について、あまりにも鈍感だったことに唖然とさせられ、途中からかなり投げやりな対応になっていました。僕らは全面的な自由を獲得することができない以上、自由に振る舞える範囲内で何ができるか、その限界はどこにあるかを意識するべきだと思うのですが、いかがなものでしょうかねぇ。
今日は愚痴です。