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著者 | アドルフォ・ビオイ=カサレス | ||||
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タイトル | 脱獄計画 | ||||
出版社 | 現代企画室 | 出版年 | 1993年 | 価格 | 2369 |
評価 | ★★★★★ |
久しぶりに読んでいて目眩を覚えた本です。お勧めです。かなりいいです。
現実の世界において、話し手は決して全ての事情に通じているわけではなく、また話し手の主観による事実の偏向もありえるわけです。聞き手はその点を留意して相手の話を聞き、自分なりの判断をしなければいけません。ところが、一般的に小説の中では語り手は読者の絶対的な信頼を得ることになっています。
こうした小説内の不自然さを解消するため、このある種の神のような存在である語り手に異議を唱え、いわゆる「不誠実な語り手」を小説の中に導入することになります。僕は文学を専攻したわけではないので正確なことは言えませんが、ジッドが『贋金つかい』の中でこの辺りを意識してうまく作品にしているのではないかと思います。日本人の作家だと筒井康隆がこの問題について強く意識した作品や評論を書いていますね。その後に続く人が、どうも少ないのが気になるところですけれど。
ともあれ、本書では、甥からの手紙を紹介するという構成になっています。最初、事件に第三者的な存在かと思われた語り手は、物語が進むにつれ、事件に重要な役割を果たしていることが分かり、彼の語る物語の信憑性が揺らぎだします。これが目眩の第一の理由。
目眩の第二の理由は、時間軸の微妙なずれにあります。例えば、54ページで「今やわれわれはナチのドイツ兵ふうの歩き方をするだけではない」と記述したかと思えば、わずか10ページ後に「1913年4月8日の手紙」が紹介されるなど、不誠実な語り手ぶりがいかんなく発揮されることによって読者を混乱させ、そのことが、甥の最後の情況を謎に満ちたものにしています。下手なミステリー小説を読むよりも、絶対にミステリー感を堪能できること間違いなしです。
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