|Home / 読後感想 | |
著者 | ペーター・ハントケ | ||||
---|---|---|---|---|---|
タイトル | 不安 ペナルティキックを受けるゴールキーパーの…… | ||||
出版社 | 三修社 | 出版年 | 1980年 | 価格 | 1200 |
評価 | ★★★★ |
正直に言うと、読み終わった直後は、僕の趣味じゃないなと思いました。
普段なら、趣味じゃないということになると、僕の中では終わった話になるのですが、本書はその後じわじわと気になってくるという不思議な小説です。
冒頭、
機械組み立て工ヨーゼフ・ブロッホ、むかしはサッカーのゴールキーパーとして鳴らした男だが、彼が或る朝仕事に出てゆくと、きみはくびだよ、と告げられた。というより実は、折から労働者たちが宿泊している現場小屋の戸口に彼が姿を見せたとき、ただ現場監督が軽食から目をあげたという事実を、ブロッホはそのような通告と解し、建築現場を立ち去ったのである。
この表現が本書のテーマの全てを端的に表しています。本書は、ある表象が言語として認識され、その結果、行為を決定すること、逆にある行為が言語化され、それによって認識に至ることを扱っています。言うまでもないことですが、哲学の世界では認識論と存在論の対立が依然として続いており、その一方で心理学から行為論ないし運命論に対する強力な仮説が突きつけられ、そのことに哲学がまだ充分な対応をできていない現状、本書のテーマは依然として現代性を持っています。
ともあれ、心理描写を中心においた小説は、その心理描写がステレオタイプになった瞬間に台無しになってしまうのが常ですが、そこはハントケです。普段と変わりなく、かつ他の人ともなにも変わらない主人公の行為を淡々と描写することで、殺人という重大な事件を引き起こした人物を巧みに描ききっています。
読み終わって痛快というタイプの小説ではないので誰にでも勧められる本ではないですが、哲学や心理学に限定せず、何かを考えたい気分になっている人は一読される価値はあると思います。
ちなみに、これは完全に余談ですけれど、この読後感想を書いていて、ようやくタイトルの象徴性に気が付きました。遅すぎ。
|Home / 読後感想 | |