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暴力批判論

著者ヴァルター・ベンヤミン
タイトル暴力批判論
出版社晶文社 出版年1969年 価格980
評価★★★★

【感想】

 特に狙ったわけではないのですけれど、ベンヤミンの暴力に関する論文です。

 現在発生しているイラク戦争という事象について様々な人が肯定・否定の意見を述べておられますが、そこで展開されている議論の根底にあるものが思っていた以上に素朴なものなので、日本の法学、政治学、哲学は何をやっていたんだろうと、ついつい暗澹たる気分になっています。僕が学生だった1990年代前半から何も変わってないと言うか、むしろ議論が後退しているのではないかと感じてしまいます。

 勿論、一般の方々(僕も含めて)の床屋談義であれば、それも悪くはないのでしょうけれど、お金をもらって自分の意見を発言する立場にある方々があれでは、勉強してないと判断されても仕方ないのでは?

 ともあれ。

 従来、暴力に関する検討は、誰かが誰かを殴るというように行為態様としてとらえられてきました。その上で、そのような行為が善であるか悪であるかは、目的の合法性・合理性の判断と、手段としての妥当性の2つの基準で考えられてきました。

 前者の目的論については、例えば強盗のように他人のお金を奪うために行使された暴力は違法であり悪であるのに対して、わがままを言う子供を叱りつけるためにピシャリと頭を叩く行為は合理的な範囲であり正当なものであると判断されます。

 後者の手段論としては、わがままを言う子供を叱るために平手で叩く行為は程度として妥当であるが、熱湯をかけるのは程度を越えているので悪である判断されます。

 今回のイラク戦争に関して、賛成・反対の意見を述べられている方々の多くは、上記のような暴力論に則っておられるように僕には思えます。イラクの大量破壊兵器がテロ組織に渡るのを未然に防ぐための戦争だから正しいとか、それは建前で本音は湾岸地域の権益であったり、ブッシュの票稼ぎのような不健全な目的があるから反対であるというような目的論をベースにしている議論は多いですし、武力行使をしなくても話し合いで目的は達せられるとか、フセインを排除するには外部からの物理的な攻撃でしか達せられないというような手段論をベースにしている議論も多いようです。

 でも、これらの議論がベースにしている暴力論は、すでに19世紀のものなんですね。

 1980年代に、具体的な人を殴るというような行為が行われていなくても、暴力は発生していると考えるべきだとの思想が国際政治学(広義の)で登場しました。いわゆる構造的暴力論に代表されるような、こうした考え方は従来的な暴力論とは異なり、暴力の持つ機能面からのアプローチになっています。

 乱暴な説明であることを自覚しながら書けば、ある主体の意思を、他者に強制する機能が暴力には存在するというのが、機能面からのアプローチの特徴です。

 暴力を行為態様から議論するアプローチが、最終的な価値判断の局面で神々の闘争にならざるを得ないという限界を含んでいるのに対して、機能面からのアプローチでは慎重にその議論を回避しています。言い換えれば、価値判断を行わずに事象を説明する手段として有効だと僕は思います(さらに蛇足を付け加えれば、価値判断を回避するが故にある種のパワーを放棄してしまっているとも言えるのですけれど)。

 ともあれ。

 こうした機能面からのアプローチの最初の論文の一つが、ベンヤミンの『暴力批判論』です。

 ベンヤミンは、暴力の持つ法生成的な性格に着目し、暴力は法の措定と法の維持を行うために用いられることがあると結論づけています。このベンヤミンの結論から、なぜアメリカとイギリスが戦争に踏み切ったのかを的確に説明できます。

 確かに本書には現実的な解はありません。ただ、多くの問題は事象を説明できる段階になれば、なんとかなるのではないかと思います。政治学の人々には、もう一度、本書を読んで、その上で現実的な手段を考えて欲しいと思います。本当に。


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とみくら まさや (vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date : 2003.04.15 $