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著者 | パスカル・キニャール | ||||
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タイトル | さまよえる影 | ||||
出版社 | 青土社 | 出版年 | 2003年 | 価格 | 2400 |
評価 | ★★★★★ |
作家の役割の一つに、ある種の人が感じていても、うまく言葉に出来ないことを、代弁してくれることがあると僕は思います。
本書は、小説でもなく、かといってエッセーでもなく、メモ書きというのがピッタリな断片的な文章が、書きつづられています。唯一、共通のキーとなっているのは、9月15日です。
断片的であること、まさにそのことが現代的であることだと言えば、大げさなのかもしれませんが、アレクサンドロス、ジンギスカン、ヴァスコ・ダ・ガマを経て、4度目の「世界史」が展開しつつある現代、逆説的に統一性や全体性に対する揺らぎが生じているのが、現代だと僕は思っています。
「疎外」というキーワードで予感された紐帯の不存在が問題なのではなく、そもそも「紐帯」が必要なのかどうかという観点から事象を観察する必要性を僕は感じています。
その時に有効な手段が、断片的であることではないかと僕は考えています。ヴィトゲンシュタインによって提示された戦術は、言語による縛り(言い換えれば思考の限界)を回避する上で、有効な手段だと思います。
断片的であること、それは分割され、それぞれが孤立した状態に置かれていることに他ならない。そこでは他との有機的な連携は断たれているように見える。
しかしながら、水面に立ち上る泡が湖底で結びついているように、一見、断絶された思考の泡に思えたものが、根底において(少なくとも発話者にとっては)関係性を常に有しているのではないかと僕は思います。
その意味で、本書は、現代において何かを考えるというのは、どういうことなのかを実に見事に表現していると思います。良書。
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