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キリストの勝利

著者塩野七生
タイトル キリストの勝利 ローマ人の物語XIV
出版社新潮社 出版年2005年 価格2600円
評価★★★★★
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【感想】

 全15巻を予定している『ローマ人の物語』もいよいよ14巻目。古代ローマの終焉もそろそろです。しかも話題はローマのキリスト教化となれば、暗い話になるのだろうなと思っていたのですが、なかなかどうして、考えさせられる内容でした。

 本巻では、ローマ帝国におけるキリスト教の国教化の過程が中心に描かれています。

 塩野さん自身、キリスト教に対して否定的な意見をお持ちで、もしかするとキリスト教徒の方々にとっては反感を感じられるかもしれませんが、キリスト教に特別な感情を持っていない僕は素直に読めました。

 本書を読んで、常に頭に浮かんだのは、ウェーバーの「支配の三類型」でした。

 一般的に高校の授業などでは、特殊な能力を持った人物による統治時代(カリスマ的支配)から始まり、次いでその人物との関係を正統性の根拠にする統治時代(伝統的支配)を経て法と法を執行する官僚制度による統治時代(合法的支配)につながると説明されます。

 ローマ帝国の場合、上記の説明は果たして妥当なのでしょうか。

 確かに、カエサルというカリスマ性を備えた指導者によってローマは共和制末期の混乱から立ち直ったと言えるのではないかと思います。そしてカエサルを次いだアウグストゥスはカエサルの養子であること、次のティベリウスはアウグストゥスの養子であることを武器にして統治を開始しました。同時に両名は、統治の基礎的な法律の制定と統治機関の整備に努めたと言えるのではないかと思います。

 ここまでは支配の三類型でうまく説明できるのですが、問題はその前後です。

 帝政に移行する前のローマは、後半たとえ形骸化していたとしても市民の投票による代表の選出を行っていたわけです。言い換えれば合法的支配がなされていたと言えるのではないかと思います。その合法的支配からカリスマ的支配に移った原因はなんだったのだろう。

 また本書で描かれている帝政末期は、支配の正統性をキリスト教の神からの権利付与に移行したと塩野氏は説明しています。後の王権神授説の萌芽とも言えるこの変化の原因はなんだったのだろう。

 前者についてはエポックメイキングな出来事として説明可能なのかもしれません。時代が変革を望み、それを体現する人物としてカエサルが登場した。このように理解してもあながち間違いではないのかもしれません。では、後者についてはどうなのでしょう。

 もう一つ僕の頭に浮かんだのが、多様性を受け入れる集団に対して多様性を否定する集団が攻撃を仕掛けてきたとき、最終的には多様性を否定する集団が勝利を収めるのではないかということでした。

 塩野さんは古代ローマを多神教の世界で、それを背景とした多様性を受け入れる集団だったと説明しています。そのローマ社会に対して一神教のキリスト教が入り込んできたとき、ローマ社会は多様性を維持しきれず、最終的に国教として認めることになった過程を本書で塩野さんは描いています。

 僕の誤解かもしれませんが、塩野さんの問題意識を想像すると、おそらくは現在の日本の状況とローマの帝政末期とを重ね合わせているのではないかと思います。

 合法的支配の結果として官僚制の弊害と組織疲弊。多様性をよしとした結果、ニート問題や変質的な事件。こうした問題からの逃避先としての一神教的な宗教勢力の台頭。こうしたことは帝政末期のローマの状況と符合するのではないかと思います。

 塩野さんは、本書の中でなぜ多神教のローマが一神教のキリスト教を受け入れたのか必ずしも明確には語っておられません。そのことこそが、ローマの問題の根深さと、現在の日本が抱えている問題の難しさを如実に語っているのではないかと僕は思います。本書を読まれた皆さんは、どのような感想を持たれましたでしょうか?


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とみくら まさや (vzx01036@nifty.com) $ Date : 2006.02.08 $