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著者 | パスカル・キニャール | ||||
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タイトル | ローマのテラス |
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出版社 | 青土社 | 出版年 | 2001年 | 価格 | 1900円 |
評価 | ★★★★ |
引き続き、キニャールです。
本書は、17世紀バロック時代の銅版画師エラスムスの作品紹介という構成になっています。
エラスムスという人物が実在していたかどうかは、全くの不明です。
キニャールの小説なのだから、架空の存在だとは思うのですが、僕は美術史について全くの門外漢なため、実在していないと断定することはできません。
架空の存在だと断定しきれないもう一つの理由は、銅版画の紹介文が、あたかも目の前にあるかのようにいきいきと描かれていることです。
文章は基本的には線的な存在です。これまで様々な工夫がなされてきましたが、それでも文章の持つ一方向性の制約から完全に脱することはできていません。例えば、ヴィトゲンシュタインは『論理哲学論考』でセンテンスの並列関係を表現する試みをしましたが、各センテンス内の文は依然として従属の関係にとどまりました。
他方で絵画は言うまでもなく平面的な存在です。
立体であるものを平面に変換することを人間は比較的容易にやってのけました。しかし、平面から線への変換は依然として難しいようです。
この難しさは、言うまでもなく人間の視線が常に主観的にならざるを得ないことにあると僕は思います。現実を前にして、ある人は最も近いものから述べようとするかもしれません。また別の人は最も遠いものから述べようとするかもしれません。あるいはまた、正面にあるものから説明を始める人もいれば、自分の気に入ったものに向き直ってから話し始める人もいます。結果として、同じものを前にしているにもかかわらず、人によって現実はそれぞれ全く異なった形で現れていると言わざるをえないのではないかというのが、少なくとも今の僕の考えです。
その困難なことをキニャールは、するりとやってしまっています。
キニャールは、それぞれの版画について、時に技法について語ったり、時に印象を語ったり、あるいは作品が創作された背景を語ったりと手を変え品を変え様々な切り口で説明します。これがすごくうまいです。本当に挿絵としてエラスムスの版画が描かれているような錯覚に陥ります。
小説好きな人はもちろんのこと、バロック美術がお好きな人にもお薦めの一冊です。
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