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著者 | カート・ヴォネガット | ||||
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タイトル | 母なる夜 |
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出版社 | 白水社 | 出版年 | 1984年 | 価格 | 950円 |
評価 | ★★★★★ |
好きな海外作家5人挙げろと言われれば、絶対に外せないのが僕にとってのヴォネガットです。ちなみに、残る4人は、チャペック、ベイカー、バーンズ、ボルヘスといった感じです。
ともあれ。
本書はヴォネガットが、まだ「Jr.」をつけていた初期の作品です。
初期の作品といっても、その後の作品に見られるヴォネガットらしさは一杯です。口述筆記のような文体、絶妙なところで差し挟まれるかけ声といった独特の語り口は充分完成されています。また、その後の作品で何度か言及されるドレスデンの問題を射程に入れつつ、大きな流れに翻弄される個人の悲劇性を喜劇的に描くヴォネガット独特のユーモア精神も見られます。なにより、その後のヴォネガットの作品全体を通じた基調になっている諦観と諧謔、それにもかかわらず人間という存在に対しての根っこのところでの信頼といった優しさが随所に見られます。
『母なる夜』の主人公は、ナチス・ドイツの宣伝担当という表の顔の裏で、実はアメリカのスパイだったという設定になっています。物語は、戦後、主人公がイスラエルの刑務所に収監され、そこで自分の過去を語る形式で進んでいきます。
主人公は自らの行動を反省しません。弁護もしません。また自分の境遇を嘆くこともしません。ただ淡々と自分が二重スパイになったいきさつ、ナチス・ドイツ時代、戦後の潜伏時代を語っています。
自分自身を傍観者として語ること。それは、ヴォネガットの特徴の一つです。まるで、バスター・キートンの喜劇の中でキートンが時折見せる肩をすくめる仕草のように、
「あらら、どうして、こんなことになっちゃったんだ?」
とスラプスティックな状況に陥った自分に途方に暮れてしまっている。そんなおかしさがあります。ドタバタ喜劇でありながら上品な雰囲気に仕上がっている魔法の種は、案外こういうところにあるのかもしれません。
ともあれ、テーマ的には重いものの、ヴォネガットファンの方にはお勧めしたい1冊です。
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