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ルビコン

著者トム・ホランド
タイトル ルビコン 共和政ローマ崩壊への物語
出版社中央公論社 出版年2006年 価格3300円
評価★★★★
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 もともと大学には文学部西洋史学科に進みたかったものの諸般の事情により法学部に潜り込んだクチ。当時(実は今でも)関心があったのが、フランス革命を経てナポレオン独裁に至った18世紀のフランス史です。

 まだ高校生だった僕にとって素朴に不思議だったのが、せっかく手にした自由と平等を、武力によって征服されたわけではなく、自らの意思で放棄し、個人に終身でかつ世襲的な独裁権を与えることに賛成したという点です。

 歴史的に見れば、逆行していると思えるような行動をとったフランス市民の考えを知りたい。これが18歳当時の僕の希望でした。

 自分達自身で、特定の個人に権力を集中させることを希望する。これと同様の事例は、第一次世界大戦後のドイツでも起こっています。そして、もう一つの同じ例が本書で扱っている古代ローマの共和政崩壊です。

 歴史は繰り返す。僕はそのような意見に安易に与するものではありませんが、一方で、同じ人間のすること。条件や環境がそろえば、同じような行動に走るのではないかとも思っています。

 その意味で、歴史を学ぶことは、過去を懐かしむことだけではなく、現在の行動指針にもなるのではないかと考えます。

 本書は、マリウスとスッラの内戦から始まり、カエサルの台頭を経て、アウグストゥスによる実質的な帝政への移行までを扱っています。先日完結した塩野七生の『ローマ人の物語』で言えば、3巻『勝者の混迷』から6巻『パクス・ロマーナ』までにあたります。

 塩野さんの『ローマ人の物語』との比較で言えば、カエサルを賛美している塩野さんに比べて、共和政崩壊の原因探索を主眼においているホランドは慎重な態度でカエサルを描いています。

 ホランドは、古代ローマ社会の競争精神が共和政崩壊につながったと見ています。

 一般的に競争のない社会よりも競争がある社会の方が活力があると言われています。共産主義体制の崩壊を見た僕の世代の人にとっては、この点について各論では競争社会の弊害を論じるとしても、全面的に反対を唱えることは難しいと思います。少なくとも、「頑張っても、頑張らなくても、見返りは同じ。それでいいのか?」と言われると、言葉に詰まります。ましてや、「頑張った人が、正当な成果を受け取ることになにか問題あるのか?」と言われると、ぐうの音も出なくなります。

 ところが、ローマの共和政、言い換えれば成功するチャンスは誰にでもある社会が崩壊した原因が、まさにこの競争意識にあったとホランドは指摘しています。

 競争することをよしとする社会。その中では、明らかなルール違反は脱落を意味するとしても、ルールには常にグレーな部分があるわけで、そのグレーな部分でも勝負を仕掛ける。グレーな部分で仕掛けられた勝負が成功した場合、ルールが明確になるのではなく、新しいグレーゾーンが出現するだけ。そしてまたグレーな部分で勝負が仕掛けられ……という繰り返しが続けられます。その結果、従来的な価値観ではルール違反と思われていたものが、気がつけばいつの間にか大きく変質してしまった。これが共和政ローマの崩壊の本質だったとホランドは指摘しています。

 僕自身の感覚で言えば、ホランドの指摘は正しいと思います。

 当事者達にとって、明確に変革を考えていたのではなく、従来の路線を走っていたつもりが、後世から見れば大きな転換期になっていた。歴史というものは、案外そういうものなのではないでしょうか。

 一部翻訳がおかしいのか、意味が取りにくいところがあったものの、全体としては良書だと思います。塩野さんの『ローマ人の物語』で古代ローマに興味を持った方には、こんな見方もあるという意味でお勧めです。


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とみくら まさや (vzx01036@nifty.com) $ Date : 2007.01.04 $