な の段


二階ぞめき

 (にかいぞめき)
 間抜落
 出典:落語特選 下 (ちくま文庫)

 仲之町は吉原の背骨ともいわれ、寛保元年以来、中央の道筋に桜を植え、両側の引手茶屋は二階に軒提灯を吊し、まさに花街と称されるにふさわしい華麗さに輝いていました。

「若旦那、あたしの身にもなって下さいよ。若旦那が毎晩遅く帰ってくるから、大旦那様が怒ってしまって、若旦那を勘当するなんて言いだしているんですよ。ねぇ、吉原に行くなと言うんじゃないんです。たまに行くことにしてくださいよ」
「イヤだね。毎晩行かなきゃいられないんだよ」
「そんなに惚れた女性がいなさるなら、身請けして、どこかに囲っておくとか」
「俺は妓はどうでもいいんだ。吉原をぞめくのが好きなんだよ」
「はぁ、そんなもんですかねぇ。じゃあ、若旦那こうしたらどうです。二階を改造して吉原風にこしらえてもらうというのは。あたしの知り合いに腕のいい棟梁がおりますから、頼めばきっといいものを作ってくれますよ」
「それは面白いねぇ。俺もあんなに遠くまで毎日行くのは本当はイヤなんだ。二階でぞめけるなら、それにこしたことない」

 なんて言いまして、棟梁が二階を吉原風に改造します。若旦那は完成した吉原風の二階に上がり込み、その立派さにほれぼれします。

 とは言うものの、形はなるほど吉原風でも、芸者がいるわけではありません。しかし、そこは遊び慣れた若旦那。一人で客、芸者、幇間持ち、他の通行人と一人芝居を始めます。

 落ちは様子を見に来た番頭に、

「おぅ、定吉、俺にここで会ったこと、親父には内緒にしといてくれよ」


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猫怪談

 (ねこかいだん)
 間抜落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 与太郎の父親が死んでしまいました。

 何しろ与太郎だから、仏さんの弔い方を知りません。長屋の者が、あーだこーだしてやって、とにもかくにもお葬式をすませ、仏様を寺まで担いでいくことになりました。

 深川蛤町を出たのが午後10時。いわゆる四刻です。そこから町を抜け、伊藤松阪、今で言う上野松阪屋の所へ出たのが午前零時。右に曲がって山下(今の上野公園入口)、池の側を通り七間町を通って谷中へ行くのが近道。

 そこまで来たところで、棺桶の底が抜け、仏様がにゅっと出てしまいます。いくら与太郎でも仏様を抱えていくのは、さすがに気持ちのいいものではありません。仕方なく、付き添いの大家さんに新しい棺桶を持ってきてもらうことにしました。

 当時のことですから、辺りは灯火もなく暗く寂しいところです。うしろは上野の山で、風が吹くとごーっと恐ろしい音がします。前は不忍池。夜の池というものは不気味なもので、ときどき枯れススキがカサカサと音を立てます。

 寂しさを紛らわせるために与太郎が仏様に話しかけていると、なにか黒いものがすっと前を横切ったかと思った途端、ぴょこんと仏様が立ち上がります。しばらく与太郎のまわりをピョコピョコと飛び回っていたかと思うと、突然、与太郎の前に立ち、ヒヒヒと笑って、また元のようにぺたりと横になってしまいました。

 そこへ、新しい棺桶を担いできた大家が戻ってきます。与太郎はぶるぶる震えながら、

「抜けた、抜けた」
「よせやい、新しいのを買ってきたばかりだぜ。また棺桶の底が抜けたのかい」
「いや、今度は俺の腰が抜けた」


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ねずみ

 途端落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 大工で有名な人物といえば、左甚五郎利勝と相場が決まっているもので、この人は、飛騨山添の出で、12歳の時に弟子入りして、20歳で京に上り、「竹の水仙」を作りました。その後、江戸日本橋橘町の大工政五郎の家に居候して、「三井の大黒」や日光東照宮陽明門を作りました。

 甚五郎は、元々旅好きな人で、この「ねずみ」は彼が奥州への旅の途中に立ち寄った仙台でのことです。

 そのころ仙台には、虎屋という大きな旅籠があったのですが、その前に鼠屋という小さな旅籠がありました。元々、この鼠屋の主人は、虎屋の主人だったのですが、事故で体が不自由になってから、番頭に店を乗っ取られ、追い出されてしまったという不幸な人でした。体が不自由な父親と12歳の息子二人だけで働いているわけですから、お世辞にも鼠屋は繁盛しているとは言えません。障子は破れ、畳はボロボロ、客用の布団は質屋にとられているといった始末です。

 その鼠屋に甚五郎が泊まりました。

 事情を聞いた甚五郎は主人のために、鼠を作り、それを飾っておくように言います。

 さすがに甚五郎が作った鼠。今にも動き出すんじゃないかと思えるほどのできばえ、いや本当に動いているよ、なんて噂がたち、甚五郎の鼠見たさに、客が増え、たいそうな繁盛ぶり。それに引き替え、前の虎屋は、しだいに客が一人減り、二人減りとどんどん減っていき、しまいには誰も泊まらなくなりました。

 怒った虎屋の主人は、伊達様お抱えの彫刻師、飯田丹下に頼み込んで虎の置物を作ってもらい、それを虎屋の二階に置きました。すると、それまでちょろちょろと動いていた鼠がぴたりと動かなくなった。

 困った鼠屋の主人は、甚五郎に相談します。甚五郎の目から見て、虎屋の虎は、確かに立派なものですが、出来がいいとは思えません。一体、なんだって動かなくなったんだ、あんな虎が恐いのかと鼠に問いかけると、

「え? あれ、虎ですかい? あっしは猫だと思った」


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鼠穴

 (ねずみあな)
 地口落
 出典:落語百選 冬 (ちくま文庫)

 この噺は、人情ものです。

 財産を食いつぶし、兄を頼って江戸に出てきた男がいました。

 ところが兄は、弟に3文だけわたし、これを元手に商売を始めてみろと言います。嫌がらせかと思った弟は、しかしながら兄を見返そうと、懸命に働きます。

 3文のお金で、藁を買ってきて、それでサシ(孔あき銭を勘定するのに使うもの)を作って売り歩いた。これで3文の元手が6文、6文が12文になる。少しお金が貯まったので、今度は藁をたくさん買ってきて草鞋を作る。これを繰り返しているうちに、いくらかの資本ができたので、朝は納豆売り、昼は豆腐、小豆、夜になると稲荷寿司を売る。よくまぁあんなに体が続くものだと近所の人が感心するほどに働いた。

 3年半ばかりで、10両という金がたまり、おかみさんとの間に娘もできて、奉公人も1人、2人と雇えるようになり、10年の後には深川蛤町に蔵を建てるほどにまでなった。

 そこで男は、兄に借りていた3文を返しに行きます。

 兄は、弟が立派になったことを喜び、3文しか貸さなかった理由を説明しました。兄が言うには、遊び癖のついていたお前に、もしあのとき大金を渡したら、きっと遊びに使ってしまうだろう。3文で腹を立てて、一踏ん張りして、1分でも2分でも返しに来たら、その時は10両でも20両でも貸してやろう、そう思っていたんだ。

 これを聞いて男は、兄に心から感謝し、その夜は兄弟は仲良く飲み明かします。

 話の中で、兄が何か心配事はないかと尋ねられた男は、蔵に鼠穴ができていて、火事の時にそこから火が入らないかそれが心配だと言います。兄は、そんなこと左官に頼んですぐに直してもらえばすむこととと笑って聞いていました。

 ところがその夜、まさに蛤町付近で火事が起こり、男が心配していたとおり、鼠穴から蔵に火が回り全焼してしまいます。

 男は呆然し、兄に再び借金を申し込みに行きますが、あっさりと断られます。もはやこれまでと川に身を投げようとしたところで夢から覚めます。

 汗びっしょりの弟に、夢の話を聞いた兄は、

「ははは、夢は土蔵(五臓)の疲れだ」


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野ざらし

 (のざらし)
 仕込落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 その昔、今で言う台東区浅草吉野町付近に新町というところがありまして、ここは太鼓屋がずらっと並んでおりました。当時の太鼓は馬の皮を使って作っていたのだそうです。

 さて、ある日、熊さんが隣のご隠居の家からなにやらひそひそ話が聞こえてくるので、こっそり覗いてみると、うら若い女性と二人っきりで、なにやらひそひそと話している。しばらくすると、娘はご隠居の肩をもみ出す。くそー、あのじいさん、枯れたなんていって、あんな美人の若い女を引っ張り込みやがって、と熊さんは悶々とその夜を過ごします。

 翌日、熊さんはご隠居さんの家に行き、昨日のあの女性は一体なんだと問いつめます。すると、ご隠居が言うには、彼女は先日、向島に出かけた帰り、髑髏を見つけ、どこの誰か分からないが、こんなところで野ざらしになっているのは気の毒と、懇ろに回向してやった。その夜、表の戸を叩く音がする。こんな遅い時間に誰だろう、不審に思いながら開けると、立っていたのが、夕べの娘。娘が言うには、「向島に屍をさらしておりました者でございますが、あなた様のお心づくしによりまして、浮かばれました。今日はそのお礼に参りました。せめておみ足などさすりましょ」

 これを聞いて熊さん、幽霊は恐いものの、あんな美人の幽霊なら、一度は見てみたいと、妙な気を起こし、向島に魚釣りならぬ骨釣りに出かけました。

 こけの一念とはよく言ったもので、幸い?熊さんは骨を見つけます。なんだか妙に大きい骨だなとは思いつつ、しかしまぁ、若い女よりも少し年増の大柄な女の方がいろいろと楽しいからと、ご隠居に言われたとおり、御神酒をかけ、念仏を唱えてやります。

 その夜、今か今かと待ち受ける熊さんの家に、

「えぇ、こんばんは」
「誰だい」
「向島からやって来ました」
「お、待ってました。いらっしゃい。いらっしゃいはいいけど、妙に声が太いな。いったい、どんな骨だろう。おい、一体、お前は何者だい」
「へぇ、あっしは新町の幇間持ちです」
「なに、新町の太鼓? それじゃあ、あれは馬の骨だったか」


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とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 2001/01/03 $