や の段


弥次郎

 (やじろう) 別名:「うそつき弥次郎」「革衣」
 途端落
 出典:落語百選 冬 (ちくま文庫)

 本日はちょっと趣向を変えて。

 北海道は雪なのだ。それでもって寒い。どのぐらい寒いかというと、宿屋で風呂に入ろうすると、足が流しに凍り付く。お茶を頼むと、二階に持って上がってくる間に茶が凍り付く。生卵を頼むと、出てくるのがゆで卵。おいおい、俺は生卵を頼んだんだぜ、と女中に苦情を言うと、生卵はゆでなければ生卵になりません、としたり顔で答える。

 外に出ると、雪の大きいこと。牡丹雪なんて目じゃない。どたっ、どたっと降ってくる。向こうの人は、平気な顔で歩いているが、可哀想なのはオレ達みたいな旅の人間。馴れないものだから、あっちこっちで雪にぶつかり倒れているのだ。これが本当のゆき倒れ。

 オレ達が泊まった旅館の隣で火事になり、ここは江戸っ子の度胸の見せ所とムハムハと鼻息も荒く片肌脱いだら寒かったので、服を着直して外に飛び出したところ、火事が収まっている。なんだつまらん、と不謹慎にも思いながら聞いてみると、驚いたことに、あまりの寒さに火事が凍り付いていた。

 しめた、これを持って帰って見せ物にしたら面白いだろうと、何本かの凍り付いた火事をもらったが、津軽海峡を渡る頃には、溶けだして、船の上でぼうぼう燃え出す。船長怒ったね。平謝りに謝って、なんとか事なきを得たものの、オレ達は弁償させられて、青森で無一文になってしまった……。

 以上、もし椎名誠が江戸時代に北海道旅行をしたらこんな紀行文を書くのじゃないでしょうか。


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雪てん

 (ゆきてん) 別名:「てん」「雑俳」「初雪」「歌根問」
 地口落
 出典:落語百選 冬 (ちくま文庫)

 江戸時代、庶民の間では、俳諧が流行したのだそうです。その後、点者が判定して優劣を競うという遊びに発展し、その点者の一人である柄井川柳が選ぶ「川柳点」から、今の川柳と呼ばれるものが発生したのだそうです。

 さて、熊さんがご隠居さんのところに俳諧を教えてもらいに行きました。しかし、熊さん、いろいろと詠むのですが、なかなか俳諧になりません。

 「点にならない、点にならない」と言われ続けた熊さん、これならどうだと詠んだ句が、

「初雪や二尺余りの大鼬 この行く末は何になるらん」

 これを聞いたご隠居さん

「それなら貂(てん)になる」


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四段目

 (よだんめ)
 地口落
 出典:落語百選 春 (ちくま文庫)

 江戸っ子は芝居見物が大変好きでした。この噺に登場する定吉も、ご多分にもれず芝居好きで、店の仕事をさぼって、芝居小屋に足を運ぶ口でした。

 当時、一番人気だったのは『仮名手本忠臣蔵』で、中でも、塩治判官の切腹場面である四段目は、芝居通の見るものとして大変好まれていました。

 この幕は、判官がいよいよ切腹をすることになり、最後に家老の大星由良之助を待ちわびるものの、ついに由良之助は現れず、刀を腹に突き立てる。そこへ遅れてきた由良之助が現れ、「御前っ!」「由良之助かあっ、待ちかねた」というところで幕がおります。

 さて、仕事をさぼって芝居見物に出かけていたことがばれた定吉は、蔵の中に閉じこめられます。蔵の中は真っ暗で心細く、おまけにお腹がすいてきます。空腹を紛らわそうと、定吉は、見てきたばかりの四段目を一人で真似して遊んでおります。

 そこへお女中が、通りかかります。蔵の中で変な物音がする、たしかあそこには定吉が閉じこめられていたはず……と、格子窓からのぞき込むと、暗がりの中で定吉がなにやらぶつぶつ言いながら、上着を脱ぎ、刃物のようなものを腹に突き立てようとしているから、びっくり仰天。

「旦那様、定どんが蔵の中で腹切ってます!」

「なに! しまったすっかり忘れていた。さっきから腹がへった、腹がへったと言っていたけれど、それを苦にして……。おい、なにか食べ物を。あぁ、お膳でも何でもいい」

と、旦那自らおひつを抱えて、蔵に走り、がらがらと扉を開けて、

「お膳(御前)」
「くっ、蔵の内でか(由良之助か)」
「ははっ」
「うむ、待ちかねた」


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とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 2000/09/02 $