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著者 | ウンベルト・エーコ | ||||
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タイトル | 前日島(下) | ||||
出版社 | 文藝春秋 | 出版年 | 2003年 | 価格 | 714 |
評価 | ★★★★★ |
小説の技法を云々するのは僕には荷が重いのですが、1つのプロットに対して、1つのストーリー、1人の主人公、1人の語り手というのが、最も基本的なパターンになるのではないでしょうか。
西洋文学の源流と言われている古典ギリシア文学にしても、例えば『イーリアス』において、物語の中の時間は非常に長期にわたりながら、上記の基本的なパターンを踏襲しています。
もちろん、『千夜一夜物語』や『三国志演義』を挙げるまでもなく、上記のパターンが唯一というわけではありませんが、西洋文学に限定して言えば、この基本パターンはかなり長い間維持されてきたと言えるのではないでしょうか。
19世紀以降、この基本的なパターンに対する変奏曲的なものが登場するようになり、ジッドやジョイスによって、一つの形式として確立したと言えるのではないかと思います。
前置きが長くなってしまいましたが、エーコの『前日島』です。
本書ではプロットは1つです。それに対して、1人の主人公、1つのストーリー(ただし、時間軸に関しては、かなり錯綜していますが)で構成されています。しかしながら、主人公の手記を元にエーコ自身と思われる人物が解説するという手法によって、「信頼できない語り手」の効果を巧みに取り入れています。
物語としては、子午線の鍵を握る島(そこでは、子午線を挟んで今日と昨日が分離されている)を舞台に、子午線を越えることによって過去に遡ることができ、それによっユダに殺されるキリストを救い出す(正確に言うと、キリストの処刑を防ぐことを阻止する)方法を模索するものになっています。
しかし、種明かしになってしまいますが、結局最後まで島にはたどり着けないんですね。島の手前に漂白しているダフネという名前の船の中で、延々となぜ主人公がここに来ることになったのか。そして、どうやって島に行くのかだけが語られ続けます。
とは言うものの、退屈な話では決してなく、しかもとりとめのない話の羅列が巧妙に本筋の話へと結びついていくため、読み飛ばすことは絶対にできません。特に最後のたたみかけるような展開は、哲学的な議論から、量子力学的な議論まで、かなり濃い内容になっているのですが、それをきっちりと読み切らせるのは、エーコの独壇場と言えるのではないかと主ます。本当にすごい。
●関連
『前日島(上)』
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