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ホテルにて
けっきょく出されなかった ある女性への手紙 / アメリカの店員の愛想の良さに圧倒されるの巻
突然ですが、アメリカに行ってきました。日本での仕事のことを考えると、とてもアメリカなんかに行く気分になれないのですが、しかし、こういう機会を逃すと、なかなか海外なんかに行けないのは、大学時代のアメリカ渡航計画がポシャッタ一件以来、身に染みて分かっているので、出張の話が出た時に思わず二つ返事で引き受けてしまいました。我ながら、本当に後先考えない行動をしていると思います。
ともあれ。
ところで、僕にはいくつか欠点があるのだけど、その中の1つに
旅行の準備ができない!
というのがあります。
これまで、何度か旅行に出たことがあるのですが、ほぼ例外なく
「体一つで出かけようとする」
傾向にあるようで、周囲の人間をハラハラさせるのだそうです。当人は、その辺、いたって気楽で、「まぁ、なんとかなるでしょう」と答えて、周囲から「シャレにならん」とひんしゅくを買っている訳ですが、ちなみに今回用意したのは、仕事関係のものを除けば、
下着一式3日分&ウォークマン&文庫本1冊
だったりします。
なぜ、僕が荷物を持って行こうとしないかというと、
「重いから」
という理由も捨て難いのですが、しかし、それ以上に、
どんなに周到に準備をしても、必ず1つ忘れ物がある。
しかも、
忘れたものに限って、致命的なまでに必要なものだったりする。
というこれまでの苦い経験に基づいています。どうせ現地で「ない、ない」と騒ぐことになるぐらいなら、
最初からなにもない方が男らしい!
と言えば、あなたはどう思われるでしょうか?
もっとも、「単におっちょこちょいで最後の詰めが甘いだけやん」と言われてしまえばそれまでですけれど。
という訳で、とにもかくにも出張に出た訳ですが、すんなりとサンノゼの目的地までたどり着けないところが、さすが冨倉といったところでしょうか。
チケット引き換えで、若干トラブルに見回れたものの、無事、手渡されたチケットを手にして席に座ると、右隣に LSI の開発者、左隣に
アラビアな人
まぁ、アラビアな人だから、どうってことないのですが、彼がなかなか隅に置けないキャラクターの持ち主であることが分かるのは、離陸から1時間後のことでした。
この時期の太平洋上空は、気流が不安定で、けっこう揺れます。成田を発ってから1時間、それまで隣の LSI開発者と、プレイステーション2用のチップについて意見交換していたのですが、機長のアナウンスがあった直後、飛行機は上下左右に揺れだしました。揺れは次第に激しくなり、のんきものの僕ですらシートベルトを付けるぐらいになったその時です。
あっらー、あっらー、あっらー
と低くつぶやく声が隣から聞こえてきました。そうです、例のアラビアな人です。さらに揺れが激しくなると、彼は念の入ったことにメモ帳を取り出して、なにか書き出しました。
ちょっと待って、それってもしかして遺書でしょうか?
しかし、僕のおののきを一向に気にすることなく、彼は「あっらー、あっらー、あっらー」とつぶやきながら、しきりにペンを走らせています。かんべんしてくれ〜と思った瞬間、ガクンと飛行機は大きく縦に揺れました。次の瞬間、声にならない悲鳴があり、僕が振り向くと、
万年筆からインクが吹き出している!
大揺れの機内で、吹き出す万年筆のインクと格闘するアラビアな人と共に過ごすことから始まった今回の出張、なんとなく前途が思いやられるような……