か の段


返し馬

 (かえしうま)
 途端落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 左馬と言いまして、馬の字を左右反転させた字がございます。馬の鏡文字と言えばいいのでしょうか。

 これは色里において、なんでも勢いのいいものが尊ばれたのですが、勢いがよすぎて行きっぱなしじゃ困る。そこで裏を返して、また戻ってくるようにと馬の字をひっくり返して書いたのが始まりだそうです。

 先日、ある催しで年輩の紳士が、この左馬の字を書いて欲しいと言われ、まだまだお盛んだと、おもわず微笑んでしまいましたが、それはさておくとして。

「おっかぁ、頭領に川崎大師へお参りに行こうと誘われちまった。こちとら大工だ。いつなんどき怪我をしないともかぎらねぇ。こういうのも日頃の信心だから、行ってもいいかい?」
「そりゃ、いいことだねぇ。行っといでよ。ただ、川崎だろ。日本橋を離れて、八つ山から品川……。品川にはなにがある」
「品川には立て場がある。江戸から東海道を旅するものが、あそこで馬に豆をたっぷり食わせてから行くんじゃないか」
「立て場は知っているよ。両側に何がある」
「左側は海で、右側は山で……」
「女郎屋があるじゃないか。お前さん、あそこで悪いことしよってんだろ」
「そんなことしやしねえよ」
「どうだか。それじゃあさぁ、あたしがおまじないをしてあげる」

 そう言って、おかみさん、夫のあそこに馬の字を書いた。帰ってきたときに、馬の字が消えてなかったら、悪いコトしなかったという証拠というわけです。

 男は困った。これじゃ、遊べない。しかし、そこは百戦錬磨の敵娼。使った後でまた書き直せばいいのよと男と一晩楽しんだ後、男のあそこに馬の字を書いた。

 家に帰って、奥さんが、夫のあそこを確かめると、馬の字は馬の字でも左馬。敵娼が、ついつい、いつもの癖で書いてしまったわけです。

「お前さん、なんだってひっくり返っているんだい」
「そりゃ、お前、往きと帰りでひっくり返ったんだ」
「そうかねぇ、でも、あたしはもっと細く書いたと思ったけど、この馬肥えてるね」
「そうかもしれねえな。なにしろ品川の立て場で豆食わせたから」


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片棒

 (かたぼう) 別名:「あかにし屋」
 途端落
 出典:落語特選 下 (ちくま文庫)

 本町二丁目の赤螺屋吝兵衛さん。一代で身代を築き上げた人なのですが、その名の通りけちな方でございました。

 その吝兵衛さんが齢70を迎え、そろそろ先が見えてきた。幸い、子供は三人おります。問題はこの内、誰に店を継がせるかでございます。不心得の息子に継がせたら、せっかく苦労して築いた身上をいっぺんに潰される。順に行けば長男ですが、ここは分け隔てなく三人の息子の内で一番見所のある者に譲ろうと考えました。当時としては、非常に合理的な方です。

 そんなわけで、三人の息子を呼び、自分が死んだ後、どのような葬式を出すつもりか尋ねました。

 まずは一人目。

「そりゃもう、お父っつぁんの葬式ですから、派手にやりますとも。まず、お父っつぁんの冥福を祈るために、1面に新聞広告をうち、人を3000人ばかり呼びにやります。それで、お寺は本願寺を借り、お寺までの道を練り歩きながら、皆さんにお金を振る舞います。それで、お坊さんは7人。えぇ、皆さんには十分にお経をあげてもらいますから、お父っつぁんにおかれましては、迷わず成仏していただいて、間違っても生き返ってこられないように……」
「バカ言ってんじゃないよ。だいたいなんです。寺は本願寺? 坊さんが7人? 3000人のお客さん? それじゃ一体いくらぐらいかかると思ってんだい」
「えぇ、ざっと10億ぐらい……」
「バカ。死んでしまえ!」

 と言うわけで、二人目。

「わたくし、思いますに、葬式といって暗く静かにやるのはいかがなものかと思います。人間誰しも死ぬもの。そうであるなら、ここは一つ明るくやるほうが残った我々の慰めになります。ですから、近所の方々にお願いして家々に紅白の垂れ幕をかけます。それで新橋、柳橋、芳町、赤坂の芸者を総動員して、手古舞を頼みます。賑やかですよ。チャンチャン、チャラリコ、チャンコロリンってなかんじで……」
「もういいよ。あきれてものも言えない。どうして、こうどういつもどいつも金のかかることしか考えないんだろう。梅三郎、お前はどうだい」

「葬式というのは形式的なものに過ぎません。ですから、そんなに立派にする必要はないと思います」
「えらい。そうだよ。そうでなくっちゃ」
「外国では鳥葬というのがございますのだそうで、遺体を野山にほっておいて、鳥に食べさせるのだそうです」
「おいおい、やだよ。いくら金をかけないと言っても、それじゃあ、あんまりだ」
「えぇ、もちろん。ここは日本ですから、いくらなんでも、鳥に食わせるわけにはいきません。墓地に穴を掘って埋めるくらいの手間はかけます」
「うん、それぐらいはしてくれ」
「人が来れば、やれ菓子だなんだと入り用になりますから、出棺は8時。それだけ早くやれば、人も集まらないでしょう。万が一、誰か来ても、お昼を出さなくてすみます。これで随分、節約になりますから。それで、お棺ですが、こういうのを葬儀屋に頼むと、大変にお金がかかります。少々窮屈ですが、物置にある菜漬の樽で間に合わせようと思います」
「いいよ、いいよ。死んでしまえば、臭いだってわかりゃしねぇ。どうせ使うなら、なるべく古い樽にしておくれ。もったいないから」
「それで、樽を担ぐ人ですが、人足を頼むと日当を払わなければなりません。ですから、私が片棒を担ごうと思うのですが、問題はあとの片棒を誰にするか……」
「なに、心配するな。俺が担ぐ」


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かつぎや

 (かつぎや) 別名:「正月丁稚」「かつぎや五兵衛」
 地口落
 出典:落語百選 冬 (ちくま文庫)

 誰にでも自分だけのジンクスというものが一つや二つはあるのではないでしょうか。なんでも、昔から日本人はこうした縁起担ぎが好きなようでして……。

 ある呉服屋の旦那は、商売はうまいものの、たいそう縁起を担ぐ方でございました。いい方の縁起だけを担いでいればいいのですが、当然、悪い方の縁起も担ぐ。

 北の方角には絶対に出かけず、黒猫が横切れば道をかえる。下駄の鼻緒が切れたなんてことになれば、外出を取りやめるといった具合で……。

 正月のことでございます。

 威勢のいい宝船屋がやってきた。一枚いくらだと聞くと、四文(しもん)と答えるところを「よもん」という。気に入った主人が、宝船屋にお酒をごちそうする。次第にいい気持ちになった宝船屋の体が揺れだし、まるで宝船に乗った気分だとうまいことを言う。主人が面白がって、宝船というと七福がこの家にいるのかいと聞くと、

「それはもちろん、旦那様がニコニコしているところなんかは、大黒様だ。あそこにいらっしゃるお嬢さんが弁天様。これで七福揃いました」
「おいおい、まだ二福じゃないか。残りはどうした」
「こちらのご商売が呉服でございます」


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かつぎや五兵衛

 (かつぎやごへえ) 別名:かつぎや」「正月丁稚」

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蟇の油

 (がまのあぶら)
 間抜落
 出典:落語百選 春 (ちくま文庫)

 さあさ、お立ち会い。
 ご用とお急ぎのない方は、ゆっくりと聞いておいで。遠目山越し笠のうち、ものの文色(あいろ)と理方(りかた)が分からぬ。山寺の鐘は、ごうごうと鳴ると言えども、童児来たって鐘に撞木を当てざれば、鐘が鳴るやら撞木が鳴るやら、とんとその音色が分からぬが道理。
 だがお立ち会い。
 手前持ち出したるなつめの中には、一寸八分の唐子ぜんまいの人形。人形の細工はあまたありと言えども、京都にては守随(しゅずい)、大阪おもてにおいては竹田縫之助、近江の大椽藤原朝臣(だいじょうふじわらのあそん)。てまえ持ち出したるは、近江のつもり細工。咽喉(のんど)には八枚の歯車を仕掛け、背中には十二枚のこはぜを仕掛け、大道へなつめを据え置くときは、天の光と地の湿りを受け、陰陽合体して、なつめのふたをぱっと取る。つかつか進むが、虎の小走り、虎ばしり、スズメ駒鳥、駒がえし、孔雀、霊鳥の舞い、人形の芸当は十二通りある。
 だがしかし、お立ち会い。投げ銭や放り銭はお断りだ。
 てまえ、大道には未熟な渡世をいたすといえど、投げ銭や放り銭はもらうわけないよ。では、なにを稼業といたすかと言えば、てまえ持ち出したるは、これにある蟇蝉噪四六(ひきせんそうしろく)の蟇の油だ。そういう蟇は、おのれの家の縁の下や流しの下にもいると言うお方があるが、それは俗に言うおたまがえる、ひきがえると言って、薬力と効能の足しにはならん。
 てまえが持ち出したるは、四六の蟇だ。
 四六、五六はどこで分かる。前足の指が四本、後足の指が六本。これを名付けて四六の蟇。この蟇の棲めるところは、これよりはるか北にあたる筑波山の麓にて、おんばこという露草を喰らう。この蟇のとれるのは、五月に八月に十月。これを名付けて五八十(ごはっそう)は四六の蟇だ。
 お立ち会い。
 この蟇の油を取るには、四方に鏡を立て、下に金網をしき、その中に蟇を追い込む。蟇は己の姿が鏡に映るのを見ておのれと驚き、たらーり、たらりと脂汗を流す。これを下の金網にてすき取り、柳の小枝をもって、三七、二十一日の間とろーり、とろりと煮詰めたるがこの蟇の油だ。赤いは辰砂椰子(しんしゃやし)の油。テレメンテエカにマンテエカ、金創には切り傷、効能は出痔、いぼ痔、はしり痔、よこね、がんがさ、そのほか腫れ物一切に効く。
 いつもは一貝(ひとかい)で百文だが、こんにちは披露(ひろめ)のため、小貝をそえ、二貝(ふたかい)で百文だ。
 まあ、ちょっとお待ち。蟇の効能はそればかりかというと、まだある。切れ物の切れ味をとめるという。てまえ持ち出したるは、鈍刀(どんとう)たりといえど、先が斬れて、元が斬れぬ、なかばが斬れぬと言うのではない。ご覧の通り、抜けば玉散る氷の刃だ。
 お立ち会い。
 お目の前にて白紙を一枚切ってお目にかける。一枚の紙が二枚に切れる。二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三十二枚。春は三月落花のかたち、比良の暮雪は雪降りのかたちだ。お立ち会い。かほどに斬れる業物でも、差しうら差しおもてへ蟇の油を塗るときは、白紙一枚容易に斬れぬ。この通り。叩いて斬れない。引いて斬れない。ふき取るときはどうかと、鉄の一寸板もまっぷたつ。触ったばかりでこのくらい斬れる。だがお立ち会い。こんな傷はなんの造作もない。蟇の油をひとつつけるときは、痛みが去って血がぴたりと止まる……

 以上が有名な蟇の油売りの口上です。

 落ちは、酔っぱらった香具師が、血が止まらず、

「どなたか血止めをお持ちの方はござらぬか」


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紙入れ

 (かみいれ)別名:「紙入れの間男」
 間抜落
 出典:落語百選 夏 (ちくま文庫)

 知らぬは亭主ばかりなり

 なんて言われていますが、浮気のお話です。

 間男が、浮気の現場に紙入れを落としてしまいます。そんなにお金も入っていないので、それだけならあきらめもつくのですが、浮気の相手が、お店の主人だからたちが悪い。見つかったら店を追い出されてしまいます。どうしようか、弱ったなぁと思いつつ、翌日店に行くと、旦那から呼び出しがかかります。あぁ、これで俺もおしまいだと真っ青な顔していると、旦那は平気な顔して声をかけてきます。

「おい、新吉どうしたんだい。真っ青な顔して。なにかあったのか」
「なにか、あったんでしょうか」
「おいおい、やだよ。こっちが聞いてんじゃないか。しっかりしろよ。なにがあったんだい。俺が相談にのってやろうじゃないか。浮気の相手のところに紙入れを落としてしまった? ばかだなぁ。おい、お前、新吉の奴は、向こうへ紙入れを忘れてきたんだとよ」
「ふふふ、大丈夫よ、新さん。旦那の留守に若い男を引き入れて内緒事をしようというぐらいの女だもの。そこはぬかりないわよ。紙入れなんか、ちゃーんと旦那の目の届かないところにしまってあるわよ。ねぇ、旦那」
「そうとも。たとえ紙入れがその辺にあったって、自分の女房をとられるやつだから、そこまでは気がつかねぇ」


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紙入れの間男

 (かみいれのまおとこ) 別名:紙入れ

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かめのぞき

 (かめのぞき) 別名:紺屋高尾」「駄染高尾」

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代り目

 (かわりめ) 別名:「銚子の代わり目」
 途端落
 出典:落語特選 上 (ちくま文庫)

「ちょっと、お前さん。また飲んできたんだね。大きな声出さないで。何時だと思ってるの。よそ様にご迷惑でしょ。奥に布団が敷いてありますから、おとなしく寝てくださいな」
「よせやい。昨日今日一緒になった仲じゃあるまいし、人の顔見たら寝ろ寝ろなんて。俺は寝ないよ。お酒持ってきてくれ」
「あら、いやだ。それだけ飲んできたんじゃありませんか。もう十分です」
「外で飲む酒は、外で飲む酒。家に帰ってきたら、寝酒のご厄介にならなきゃ寝られない」
「そんなこと言ったって、おまえさんの帰りが遅いから、もう火を落としたんだよ」
「やだ、飲む」
「また、そんな大きな声出して。子供より始末が悪い」
「ねぇ、お前、いいかい。口のきき方があるだろ。お前が『あたしみたいなおかめを相手に飲んだって、お気に召さないでしょうが、一本つけますか』と言えば、俺だって『夜も遅いことだし、もうよすよ』と言うよ。それを、お前みたいにぎゃあぎゃあ言ってりゃ、こっちだって大きな声になるってもんだい」
「そりゃ悪うございました。じゃあ言い直すよ。ねぇ、お前さん。あたしみたいなおかめを相手に飲んだって、お気に召さないでしょうが、一本つけますか」
「ありがとう。それじゃあ、一本もらおうか」
「ずるい。インチキ。もう知りません。勝手にしてください」
「えへへ、じゃあ勝手にするよ。冷酒でも乙なものっと……。肴はないかな。なんか出せよ」
「舌でも出そうか」
「バカ言ってんじゃないよ。お新香は?」
「あたしが食べちゃった」
「佃煮は?」
「それも食べちゃった。納豆も干物もみーんな食べちゃいました」
「よく食べるなぁ。なんでもいいんだよ。ちょっとつまめれば。なんかないかい」
「横丁のおでんじゃ、どう?」
「おでん。いいねぇ。俺は焼き豆腐とがんもどき、それに八つ頭。あとはお前の好きなものを買っていいよ」
「じゃ、あたしは半ぺんもらうね」
「おう。半ぺんでも、なんでも買ってきな。化粧なんかしなくていいよ。化粧したっておたふくが今さら直るものでもなし。さっさと行ってきな……。とは言うものの、あいつにも苦労させたなぁ。本当にできた女だ。美人だと思うよ。よく俺みたいな男の女房になってくれたって心の中じゃ手を合わせて感謝してるんだから」
「酔ったときだけ、うまいこと言ったって嬉しくありませんよ」
「あ、まだそんなところにいやがった。さっさと行けって」
「はいはい行ってきます。静かにしててよ」
「いいから行けって」
「お前さん」
「なんだ」
「あたしも愛してる」
「バカ」

 なんて犬も食わないことを言っておりますと、遠くの方から「なーべやーきうどーん」とうどん屋がやって来ます。冷や酒でも、なんて言ってましたが、やっぱり熱燗がいい。男はうどん屋を呼び止めて、お燗をさせます。うどん屋の方はてっきりうどんを買ってくれるものと期待していたのが、あてが外れてがっかり。そこへ奥さんが帰ってきます。

「ただいま。あら、いやだ。火をおこしたの?」
「火なんかおこしゃしないよ」
「でも、徳利から湯気が立っているじゃない」
「そこが俺の頭のいいところよ。今さっきうどん屋に温めさせた」
「なんか食べたの?」
「食べやしない」
「それじゃあ、お燗だけさせて帰したのかい。だめだよ可哀想に。商売人をいじめて。うどんくらい取ってやればいいじゃない。お前さんが食べなくても、あたしが食べるじゃないか。ほんとうに。ちょいと、ちょいと、うどん屋さーん」

「おい、あそこの家で、かみさんがうどん屋を呼んでるぜ」
「どこの家です。あ、あそこはダメだ。今行ったら、ちょうどお銚子の代り目でございます」


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勘定板

 (かんじょういた)
 間抜落
 出典:落語百選 冬 (ちくま文庫)

 その昔、ある地方では便所というものがありませんでした。川にヒモのついた板があり、用をたすときは、このヒモをたぐり寄せ、板の上に用をたす。終わった後は、この板を川の中に流し、川の水が板を洗ってくれるといった案配になっていたそうだ。これを「閑な所」とかいて「閑所」、それがなまって「勘定」となったのだそうで、この板のことを勘定板と呼んだのだそうです。

 さて、この地方から二人組が江戸見物にやってきた。宿を取り、さぁこれから江戸見物というところで、一人がもよおした。こういうものは、伝染するもので、もう一人ももよおした。そこで、一緒にもよおそうと、宿屋の若い衆を呼んで、勘定をしたいと言いました。  これを聞いて、宿屋のものは驚きます。先ほど宿に入ったばかりで、一ヶ月ほど逗留すると聞いていたから、なにか粗相があったのかと、恐る恐る尋ねます。

「勘定はご出発の時にまとめてで結構でございますが……」
「1ヶ月分まとめて? お前、そんなに我慢できるか? できねぇべ。できれば毎日1回は勘定したいんだが」
「1日ごとですか。でも、それではご面倒でしょう?」
「面倒でも、1日1回勘定しないと、都合が悪いんだ」
「分かりました。では、1日1回ということで」
「そうか。なら、勘定場へ案内してくれ」
「ただいま、帳場はごたごたしておりますので、よろしければ、ここでどうぞ」
「ここで? ここで勘定していいべか? それなら悪いが、勘定板を持ってきてくれろ」

 宿屋の者は、勘定板と言うのだからと気をきかせて、算盤を持ってきます。当時の算盤は、箱の裏に板が張ってあります。それを見て、二人は顔を見合わせ、

「江戸のものは小さいなぁ。これで収まるべか。これ、終わったら、どうすればいい?」
「お呼びいただければ、手前共が取りにお伺いいたします」
「そうか。なら、安心だ。じゃ、オラが先にやるで」

と、一人が着物をたくし上げ、算盤の上にもよおしていると、何かの拍子に、算盤がコロコロと廊下へ転がりだした。

「あ、さすがに江戸だ。勘定板、車仕掛けだ」

 お食事中の方、どうもすみません。


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黄金の大黒

 (きんのだいこく)
 途端落
 出典:落語特選 上 (ちくま文庫)

 大家のお坊ちゃんが、砂遊びをしていて、黄金の大黒像を見つけました。大家さんは大喜び。長屋の者を集めて、お祝いを開きます。

 お祝いと言われて、長屋の者は色めき立ちます。

 何しろ貧乏長屋の連中です。普段絶対にお目にかかれない食べ物が出てくる、お酒はふんだんにある、まさに飲めや歌えの大騒ぎ。あっちでかっぽれを踊り出すもの、こっちで黒田節を舞うもの、まさにどんちゃん騒ぎ。

 すると、大黒様がこそこそと部屋から出ようとします。

 驚いた大家が、「すみません。うるさすぎましたか。静かにさせますので……」と声をかけると、大黒様はにっこり笑って、

「あんまり楽しそうなので、私も混ぜてもらうために、米俵を売ってこようと思います」


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汲み立て

 (くみたて)
 ぶっつけ落
 出典:落語特選 下 (ちくま文庫)

 バブル全盛の頃、いわゆるカルチャークラブというのが大流行いたしましたが、どうも日本人は、この種の習い事が昔から好きだったようでして、江戸時代もやはり町人を中心にして、習い事通いが流行しました。

 この習い事。男の先生の所に行く人は、まじめに芸に打ち込もうという人ですが、女の先生に習う人は、どうも芸事以外が目的になるようでして……。こういう人のことを、昔は経師屋連、張子連と称しまして、要するに師匠に張り付くという……。

「おい、与太。最近、師匠の家に泊まりに来る男がいるだろ」
「いるよ」
「だれだ?」
「あたい」
「バカ。お前は住み込みの手伝いだろ。いて当たり前だ。お前以外に誰か来るだろ?」
「うん、建具屋の半七さんが来るよ。あ、でもこないだ喧嘩してた。なんだか知らないけど、おししょさんの髪をつかんでポカポカ殴ってた」
「ひどいことしやがるな。それで、お前は見てたのか」
「ううん、止めに入ったら、『てめえの出る幕じゃねえ』ってはり倒されて目を回してしまった」
「なさけない野郎だよ。まったく」
「それでね、あたいが目を覚ましたら、夜になっていて、まだ喧嘩してた」
「夜まで? 執念深い野郎だな」
「うん、布団の中で取っ組み合ってた」

 なんてことを話していますと、長屋の連中としては面白くない。ちょうど季節は夏。夜になって、半七と師匠が舟を出して涼むというので、長屋の連中は邪魔してやれと、一隻舟を借りて、半七達の舟の側でどんちゃか大騒ぎをしてやろうと悪巧みを考えます。悪巧みと言っても、この程度なのですから、他愛ないものですけれど。

 落ちは、長屋の連中の嫌がらせに怒った半七が、

「おうおう、俺が師匠と仲良くなったって、おめえたちにどうこういわれる筋合いはねえぞ。くそくらえ」
「お、くそくらえだ? 面白い。くそをくらうから、持ってきやがれってんだ」
 そこへ、すーっと肥船が近づいてきて、
「ありがとうございます。ただいま汲みたててございます」


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蔵前駕籠

 (くらまえかご)
 途端落
 出典:落語特選 下 (ちくま文庫)

 日本橋・神田辺りから吉原へ行くにはどうしても通らなければならないのが蔵前です。江戸末期の官軍と幕府軍との争いが江戸に波及したとき、この蔵前通りに追い剥ぎが横行したのだそうです。

 蔵前には江戸勘という駕籠屋があって、ここを使う客は吉原でも上等の客とされていました。そのため、江戸勘の客を狙った追い剥ぎが増え、江戸勘としても自分の所の客にもしものことがあればのれんにかかわると、暮れ六を過ぎると駕籠を出さなくなりました。

 そこへ、年頃25、6。唐桟の着物に羽織り、茶献上の帯、白足袋にばら緒の雪駄を履いた客がやってきて、吉原に行きたいと言いました。

 江戸勘の主人としては、何も好きこのんで危険な時間に出かけることはない、明日の昼遊びに行ってはどうかと諭しますが、客は聞き入れません。刀が怖くて女に会いに行けないなんてのは江戸っ子として我慢できないと言います。客は、もし追い剥ぎが出たら、駕籠をそのままにして逃げてくれて結構、明日の朝にでも駕籠を引き取りに来てくれればいいと言います。

 そうまで言われれば、そこは江戸勘。気に入った、あんたは女郎買いの決死隊だと駕籠を出させます。

 浅草見附から蔵前通りに出て、天王寺橋を渡ったところで、案の定、覆面をした黒ずくめの12、3人の追い剥ぎが現れます。

 駕籠かきは言われたとおり、駕籠をおいて一目散に退散します。

 追い剥ぎが刀の切っ先で駕籠を開けると、中には褌一貫で腕組みをしている男が座っています。

「うぅむ、もう済んだか」


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紺屋高尾

 (こんやたかお) 別名:「かめのぞき」「駄染高尾」
 途端落
 出典:落語特選 上 (ちくま文庫)

 神田に紺屋町という染物屋が集まった区画があります。

 そこの吉兵衛という職人のところに久蔵という若い職人がいました。久蔵は、腕のいい職人で働き者だったのですが、恋煩いにかかってしまいます。しかも、相手は、今をときめく吉原の花魁。大名の相手をしている高尾という女性です。

 とても手が届かない。でも会いたい。そんなことで悶々としていると、親方が気をきかせて、とにかく花魁のことを忘れて三年一生懸命働け。そうすりゃ、職人だって1回ぐらい会うだけの金はできる。

 その日から久蔵は、しゃにむに働き、さて3年が過ぎます。

 3年ためた金に、親方からの差し入れをあわせて久蔵は高尾のところに会いに行きます。

 一晩楽しい時を過ごした久蔵は、翌朝、高尾に事の次第をうち明けます。これを聞いた高尾は感動して、年季が明けたらきっと久蔵の所に嫁に行くと言います。

 そして1年。

 めでたく高尾と夫婦になった久蔵は、親方からのれん分けしてもらって、小さな紺屋を開きます。

 店を持ったとはいえ、二人だけの小さな店。考えた末、久蔵は店に来た客を待たせて、持ってきた布を瓶をちょっと覗いたかなというくらいの薄い浅黄に染めるというもの。これが「瓶のぞき」として評判になります。もっともこの命名には異説があって、染めるときに高尾が瓶にまたがるものですから、瓶の中にあそこが映ってるんじゃないかと瓶を覗くからなんてのもあるわけですけれど……。

 落ちは、いろんなものを染めに行って染めてもらうものがなくなった客が、とにかくなにか染めてもらおうと、飼っていた猫を連れて行こうとするので、あきれた奥さんが、

「白猫ならまだしも、黒猫じゃないか」
ととがめると、
「かまやしねぇ。色あげしてもらうんだ」


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とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 2000/09/03 $