ま の段


松曳き

 (まつひき) 別名:「粗忽大名」
 間抜落
 出典:落語特選 下 (ちくま文庫)

「お殿様、お殿様、大変でございます」
「じい、なんじゃ、血相を変えて」
「お国元の姉上様が亡くなられたそうでございます」
「なに! して、いつ亡くなられたのじゃ」
「は、それがその……」
「どうした」
「慌てて出て参りました故、そこまで確かめて参りませんでした。今一度、書状を確認して参ります」

「お殿様、お殿様、一大事でございます」
「姉上はいつ亡くなられた」
「その件でございますが、書状には貴殿と書いてございまして、慌てていたものですから、『貴殿』の『貴』を飛ばしておりました。亡くなられたのは、お殿様の姉上ではなく、わたくしめの姉でございました」
「なんじゃ、そそっかしい。いくら粗忽とは言え、それはあまりであろう」
「は、かくなる上はこの場にて切腹を」
「待て待て、よく考えたら、余に姉はおらなんだ」


古典落語目次

水屋の富

 (みずやのとみ) 別名:「富の札」
 逆さ落
 出典:落語百選 夏 (ちくま文庫)

 一攫千金を狙うというのは、僕のような人間にとって、ロマンだったりします。とは言うものの、僕はくじ運はからっきしなので、宝くじとか、競馬なんかには手を出せないのですけれど……。

 江戸時代、本所、深川辺りは、井戸が少なく、飲み水には苦労しておりました。そのため、多摩川上流の水を船で運び、川岸へ着いた水を、水屋が桶へかついで家々をまわって売り歩いていました。水を扱う商売ですから、一年中休みがありません。商売を休むには、誰か代わりを頼むことになるわけですが、この人が不実な者だと、自分の得意客をとられる。客を取られたくないから、少々体調が悪くても無理して出るわけです。

 あるところに、年をとった水屋がいました。もうそろそろ水屋をやめたいと思っている。その水屋が、富くじに当たりました。

 千両なんて、普段お目にかかれません。いざ自分のお金になっても、使い道が分かりません。家を建てようか、それとも遊んでしまおうか、それも無駄な話だ……などと思案しあぐね、とりあえず仕事を続けよう、その内、使い道もできるだろうと、あいかわらず水屋を続けることにしました。

 とは言うものの、お金をかついで、水の入った桶を持って歩けるはずございません。さぁ、困った。下手なところにおいておくと、泥棒に入られそうだ。どうしよう。ようやく考えついたのが、畳を上げて、縁の下に隠しておくというもの。

 しかし、それでも気になるもの。道を歩いていても、向こうから歩いてくる男の目つきが良くない。きっと俺んちに入って金を探す気だ、とか、ひょっとして長屋の誰それは最近、様子がおかしい、きっと俺が金を持っているのを知って、盗もうとしているに違いないと気気の休まるときがありませんそんなわけで、朝出かける前に、畳を上げてお金を確認し、仕事から帰ると、畳を上げてお金を確認するという日々が続きます。

 しかし、水屋の用心にもかかわらず、とうとう泥棒に入られてしまいます。

 家に帰って、いつものように畳を上げて探してみるが、お金がない。

「あ、金が盗まれた……。あぁ、これで苦労がなくなった」


古典落語目次

めくらの蚊帳

 (めくらの蚊帳) 別名:麻のれん」「按摩の蚊帳」

古典落語目次

目黒のさんま

 (めぐろのさんま)
 ぶっつけ落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 この噺は、落語の中でも有名な話なので、名前ぐらいは聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。

 ある日、お殿様が武芸鍛錬のため馬を駆って遠乗りに出かけました。このお殿様、性格はいいのですけれど、少々そそっかしいところがございまして、家来は毎日ヒヤヒヤしております。今日の遠出も、思い立った途端に出かけてしまったものですから、家来は大慌て。目黒に到着し、昼食をと思ったものの、あまりにも突然の遠出だったので、だれもお弁当を持ってきておりません。そこへ、サンマを焼くいい匂いが……。当時、サンマは下魚として、身分のある人が食べるものではないといわれていました。しかし、お殿様は空腹にたえられず、家来に申しつけて、サンマを農家から買い受け、一口食べてみると、これがうまい。空腹ということもあったのでしょうが、脂が十分にのり、焼きたての旬のサンマ。これがまずいわけございません。

 さて、屋敷に帰ると、またいつものように鯛などの高級魚が食前に出てくることになるわけですが、お殿様はどうしてもサンマの味が忘れられません。お殿様は駄々をこねて、サンマを食べたいと言い出します。

 家来が日本橋の魚河岸に仕入れにいって、極上のサンマをあつらえてきましたが、料理番が、脂の強い魚だから、もし体にでも障ったら一大事とサンマを開いて蒸し器にかけ、すっかり脂を抜いてしまった。それでもって、小骨も毛抜きで1本1歩丁寧に抜いたから、形が崩れてしまい、そのままでは出せないから、お椀にして、おつゆの中に入れて出した。

 お殿様、出されたサンマを一口食してみたが、蒸して脂が抜いてあるからパサパサ。おいしいはずがありません。

「これこれ、このサンマ、いずかたより取り寄せた?」
「は、日本橋の魚河岸にございます」
「それはいかん。サンマは目黒に限る」


古典落語目次

桃太郎

 (ももたろう)
 逆さ落
 出典:落語特選 上 (ちくま文庫)

 おとっつぁん、ねぇ、あたい思うんだけど、家だからいいよ。でもね、よそ様のところで、おとっつぁんが馬鹿なことを言っていると思うと、あたいは本当に恥ずかしいよ。今話してくれた桃太郎の話だってそうよ。桃太郎が鬼ヶ島に行って鬼退治してめでたしめでたし。あれはそんな単純な話じゃないの。

 あのね、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にと言うけど、本当は芝刈りとか洗濯に行ったりしないの。「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深し」というでしょ。それをたとえて、おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは海では話が合わないから、川へ洗濯に行った、こうかたちを変えたの。

 それでね、キビ団子。あれは、人間は奢ってはいけない、キビのようなまずいものを常食にしろという戒めなんだよ。

 それから犬とキジと猿を供に連れて行ったというけれど、これもちゃんと理由があって、犬は恩、キジは勇気、猿は知恵をそれぞれあらわしているんだよ。

 鬼ヶ島に行ったというのもたとえで、あれは可愛い子には旅をさせろという意味で、本当は鬼ヶ島じゃなくて、奉公に行くんだよ。子供をいつまでも家においておいては、ろくなことを覚えないから、他人様のところに行かせ、そこで出世して財産を築く、その財産で、両親を安楽にさせたという話なのよ、ねぇ、おとっつぁん分かった? あ、寝ちゃってる。本当に大人というのは、罪のないものよね。


古典落語目次

とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 2000/11/18 $