その昔、大変親孝行な男がおりまして、両親が亡くなってから18年、かかさず墓参りをするといった具合でした。このことが領主に知れ、褒美を下されることになりました。ところが、男は褒美はいらないから、もう一度父親に会わせて欲しいと願います。領主は一計を案じて、男に鏡を与えます。当時、鏡は大変貴重な品で、一般のものはなかなか見ることができませんでした。ですから、男は鏡に映った自分の姿を父親だと思いこみ大変感激します。
男は、この鏡を自宅の納屋の中にしまい、朝は「父っつぁま、行って参ります」と言って出かけ、夜は「ただいま帰ってまいりました」とやっております。これを奥さんが勘違いした。どうも最近、夫の様子がおかしい。納屋になにかあるんじゃないか。そんなある日、夫が出かけた後に、こっそりと納屋に忍び込み、鏡を見つけます。こちらも鏡を見るのは初めてですから、鏡に映った自分の姿を見て、
「あれぇ、あの人ったら、どうも最近様子がおかしいと思ったら、こんなところに女を隠していたのね。悔しい!」
と嫉妬してしまいます。
これまで口喧嘩したことさえない仲睦まじい夫婦だったのですが、この夜は大喧嘩。そこへ近くの尼寺の住職が通りかかって、二人の話を聞き、一緒に問題の納屋に行きます。
納屋にしまわれていた鏡を尼僧が見て、にっこり。
「お前たちが、あまりにも派手にけんかしたから、中の女はバツが悪くなって坊主になった」
今でこそ、「旅に出る」というと、完全に「遊びの世界」ですが、昔は「旅に出る」と宣言するのは、場合によっては「もう2度と会えないかもしれない」という別れの挨拶だったこともあります。もっとも、江戸時代も後期になると、そこまで危険なものではなかったようですが、それでも、今よりは「覚悟」がちょっぴり必要でした。
「もうだめ、歩けない。だいたい、この3日、何も食べてないんだ。もう動けない」
「ぐずぐず言ってると、また野宿することになるぜ」
「なんだい、その野宿ってのは?」
「おまえは、本当になんにも知らねぇんだなぁ。野に寝るから、野宿じゃないか」
「あぁ、野に寝るから野宿か。じゃあ、山で寝れば山宿になるの? 四谷の先は新宿だけど……」
「バカなこと言ってないで、さっさと歩けって。ほら、あそこに家が見えるだろ。今晩は、あそこに泊めてもらおう」
と言って、2人が訪れたのが、古ぼけた山寺。貧しいながらも食事と、寝床にありつけた2人は、お礼も兼ねて、住職の留守番をすることを約束します。もっとも、こんな山寺だから、めったに仕事もないだろうとふんでのことだったのですが、ところが、マーフィーの法則というかなんと言うか、こういう時に限って、檀家に死人が出ます。とにかく、一通りのことはしておこうと、門前の小僧ですらないのに、2人が葬儀をとりしきったところからくるドタバタが、この落語の本編。
なお、オチは、戒名の付け方が分からなかったので、とりあえずそれらしいもということで、「万金丹」という薬の効能袋をとりだしてきて、いろいろとへ理屈をこねた挙げ句、但し書きに「白湯(さゆ)にて用うべし」と書いてあったので、
「この仏は、水死したから、水にはこりている」
ほとんどの人には、なにかしら苦手なものがございます。たとえば、蛇が恐いとか、ねずみが恐い、ゴキブリが……なんてところが、苦手なものベスト3でしょうか。もっとも、向こうのほうでも「人間が恐い」と言っているのかもしれませんけれど。
ともあれ、世の中にはどうにも嫌な人がおりまして、とにかく他人のことを悪く言わないと気がすまないという輩がおります。こういう人にかかると、ゴキブリはカブトムシをペチャンコにしたもの、ねずみが恐いのならディズニーランドに行くな、蛇にいたっては、俺にかかれば手も足も出ない(もともと手も足もないのですけれど)とこうなります。そして最後に、そんなものを恐がるのは臆病な証拠ということになります。
こんな風に言われると、言われたほうとしては面白くありません。なんとか相手をとっちめたいと考え、いろいろと手を使って相手の苦手なものを聞き出します。すると、なんとこの男、「饅頭が恐い」と言うではありませんか。
日ごろからこの男を苦々しく思っていた連中が、これを聞いて、男が寝ているすきに枕元に栗饅頭やら、葛饅頭やら唐饅頭やらを一杯並べておきます。
目がさめた男は、枕元にうずたかくそびえ立つ饅頭の山を見て、恐い恐いと震えだします。いい気味だと長屋の連中が見ていると、男は、恐い恐い、こんな恐いものは目の前から消してしまおうと、饅頭をぱくつき始めます。見る見るうちに饅頭の山は、どんどん男の胃袋の中に消えていき、ようやく騙されたと気づいた長屋の連中が部屋に踏み込むと、男は実に満足した顔で、
「今度はおいしいお茶が恐くなった」
余談ですが、僕は美人な女性が恐いです。
いつもいつも馬鹿話ですいません。
アムステルダムに行きますと、きれいなお姉さんが、下着姿で窓ごしに立っておられる一画がございます。窓をノックすると、お姉さまが窓を開け、中に入れてくれます。カーテンが閉ざされている窓は、お取り込み中。これが飾り窓と呼ばれるものです。
かつての吉原でも、花魁達が、やはり窓からお客を誘っていたのだそうです。
このお噺は、題名からピンとこられたかたもおられると思いますが、吉原の角海老に泊まり込みで遊びほうけている若旦那を迎えに行った番頭、左官の頭領、それに実直なことで知られる飯炊きまでもが、次々と若旦那と一緒になって遊んでしまうというものです。
落ちは、たまりかねた父親が、息子を迎えに吉原に行ったところ、ついつい一夜を明かし、翌日になって息子達だけ帰すというもの。
人は2種類に分けられます。浪費家とケチと。
浪費家は、おおむね人間が間抜けにできているものですが、だからと言ってケチな人がしっかりしているかというと、そういうわけでもないようでして、そそっかしいケチな人もおられます。
道端に下駄の片っ方が落ちているのを見つけて、焚き付けぐらいにはなるだろうと、家にもって帰ろうと思ったのですが、さすがに片方の下駄をぶら下げて家まで帰るのは、ちょっとみっともありません。何かいい方法はないかと考えた末、足で蹴飛ばしながら家の前まで持ってまいりました。もう一蹴りで家の中というところで、足元が狂って、窓ガラスをガチャン。ご愁傷様としか言いようがありません。
さて、味噌屋の主人がおりまして、この人がまたケチな方でした。こういう店で働く奉公人というのは、苦労が絶えないのですが、そんなある日、主人が用事で遠方に出かけることになりました。出先で一泊してくるから、と主人が言うと、小僧さん達は、もう大喜び。鬼のいぬまのなんとやらで、普段絶対に食べられない寿司を頼んだり、刺身を頼んだり、それから豆腐の田楽焼きというのも、なかなか美味なものです。これは豆腐をくしに刺して、味噌をつけて焼いたものなのですが、酒の肴にはもってこいです。
と言うわけで、食べるわ、飲むわ、歌うわの大騒ぎ。
ところが。
出先の用が早く済んでしまった主人が、夜遅く帰って来たものだから、さぁ大変。店のものは大慌てでバタバタと料理やら徳利やらを片付けます。
何をそんなに騒いでいるのかと尋ねる主人に、店のものが、たった今火事を出しそうになりまして、火を消していたんですなんて、嘘八百を並び立て、ごまかそうとしていると、田楽の味噌の焼けた匂いがぷんとします。主人が不思議そうな顔をするのを見て、
「いけない、火元は味噌蔵だ」
世の中には、もてる男性ともてない男性の2種類がいます。僕自身のことを言えば、後者なのが非常に残念なのですが、それはともかくとしまして。
もてる男性というのは、必ずしも女性に対して積極的な性格ばかりではないようで、奥手な男性というのも、聞いた話によると、母性本能をくすぐって、それはそれで女性の人気が高いのだそうです。
この宮戸川というお噺は、若いのに囲碁や将棋が趣味で、女性とはほとんど口をきいたことがないようなおとなしい男性が、積極的な幼なじみの女性にたじたじとしてしまうというものです。
落ちは、愛妻の身に災難が起こる夢を見た男性が、夢から覚めて、
「あぁ、夢は小僧(五臓)の使い(疲れ)だ」
とほっと胸をなで下ろすというもの。
僕ももう少し女性に対して大人しくしたら、今よりすこしは縁があるのでしょうか。どうでもいいですけれど。
馬というのは、あれでなかなか喰えない動物なのだそうで、乗っている人が自分よりも格下だと思うと、好き勝手に振る舞うのだそうですね。あいにく、僕は乗馬も競馬もしないので、本当かどうか知らないのですけれど。
八五郎さんがいました。彼は今でこそ武士の端くれですが、元は町人でございます。しきたりとか行儀作法とか、今まで知らない世界で、とまどう日々が続いていました。そういうわけで、毎日、なにかと失敗して周囲の笑いものになっていたのですが、根が楽天家なものですから、周囲の声を気にせずに、それなりに気楽に楽しい生活を送っていました。
そんなある日、殿様に言いつけられて、使者にたてられ、馬で行くことになったのですが、馬に乗るのはこれが生まれて初めてです。馬の方も、「あ、こいつ初見さんだ」と思ったかどうか知りませんが。八五郎さんが馬の背に乗るか乗らないかで、いきなり駆け出します。走り出した馬はそう簡単にとまりません。八五郎さんは、振り落とされないようにしがみつくだけで精一杯。
そこへ、乗馬の先生が折良く通り会わせ、馬を止めてくれます。「どちらへ行かれるのか」と尋ねる先生に対して、
「馬に聞いてください」
落語にもいくつか怪談がありますが、だいたいちゃんと落ちが用意されているものがほとんどなのですけれど、この『もう半分』は数少ない本格的な怪談になっています。
「こんばんは。お酒を半分飲ませて下さい。(おいしそうに飲み干して)あー、やっぱり仕事帰りのお酒はおいしいねぇ。もう半分下さい」
「前から聞こうと思っていたのですが、どうしてお客さんは半分ずつお酒を飲まれるんです。いえ、あたくしの方は量り売りなので、別に構わないんですけれど」
「エヘヘ。どうも、あたしは貧乏性でして、1杯ずつ3杯飲むのと、半分ずつ6回飲むのと同じだと分かっているんですが、半分ずつ飲んだ方が、なんとなく余計に飲めたような気がしまして」
それからしばらくして、酒屋の奥さんが子供を産むのですが、産後の経過が悪く、奥さんが死んでしまいます。
その後、乳母を雇うのですが、2、3日すると皆、暇をもらいたがります。
不審に思った男が、夜中、赤ちゃんの様子をうかがっていると、丑三時を告げる鐘と共に、それまで寝ていた赤ちゃんが目を覚まし、ちょこちょこと行灯の側に寄って、ぺろぺろと油をなめ始めます。ぞっとして立ちすくむ男に向かって、赤ちゃんがニヤリと笑い、
「もう半分」
日本橋は室町町3丁目、浮世小路に百川という会席料理屋がございました。江戸時代のお噺でございます。
このお店には、田舎から出てきた百兵衛さんという使用人がおりました。彼は、実に実直な人物だったのですが、田舎から出てきたということもあって、言葉がちょっとばかり違っております。加えて、少々抜けている人でもありました。
ある日、お客が芸者を呼んで欲しいといいます。それを聞いて、百兵衛さんは、医者を連れてきます。
お客の方は、本当にお前はずいぶん抜けているとあきれてしまいますが、百兵衛さんは、きょとんとして、
「『げいしゃ』と『いしゃ』じゃ、1文字抜けてるだけですが」