か の段


火焔太鼓

 (かえんだいこ)
 地口落
 出典:古典落語1 志ん生集 (ちくま文庫)

 物を売るというのは、なかなか難しいものでして、嘘をつくのはいけないけれど、だからといって正直すぎるのも困りものでして、

「このタンス、なかなかいいじゃない」
「えぇ、いいタンスですとも。なにしろ、うちに6年もあるんですから」
「おいおい、6年も買い手がなかったってことじゃないか。まぁ、いいや。ちょっと引出し開けてみせてくれないか」
「そりゃ、できません」
「どうして出来ないんだい?」
「それができるぐらいなら、とっくの昔に売れてます」

 これじゃあ、ちょっと話になりません。

「また、あんたは、そんなくだらないものを仕入れてきて。どうすんだい、この太鼓」
「お前は見る目がないねぇ。これだけ古いんだ。きっとなにかのいわくがあって、高く売れるんだって」
「そんなこといって、あんたが古道具を高く売ったためしないじゃないか。だいたい、太鼓というのは、キワモノと言って、縁日とか、そういう時に勢いで売っちゃうもんだよ。こんな季節外れでどうすんだい。だから、あんたは馬鹿だと言われるんだ。どうせ、かつがれたんだよ」
「まったく、やな女だねぇ。亭主をなんだと思ってんだい。俺だって、儲ける時は、ちゃーんと儲けますよ。それを馬鹿だ、とんまだとひどいこと言いやがって。いいよ、そんなに言うなら、この太鼓の売り上げ、みーんな俺の小遣いにしちまうから」

 と言う訳で、この太鼓をどうやって売るか、いくらで売るかと言うのが、このお噺の中心となります。

 落ちは、おもわぬ値段で売れたことに気をよくした男が、
「それじゃあ、次は半鐘でも売ろうか」
「半鐘はいけない。おじゃんになる」


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隠れ遊び

 (かくれあそび) 別名:坊主の遊び

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景清

 (かげきよ) 別名:「景清の眼」「入れ眼の景清」
 出典:古典落語集2 文楽 (ちくま文庫)

 一口に盲人と言っても、子供の頃から目の見えない人と、大人になってから目が見えなくなった人とでは、微妙に違うのだそうです。

 生まれながらの盲人は、杖よりも先に頭が前に行くのだそうで、年をとってから目が見えなくなった人は、杖の方が先に前に出るのだそうです。これは、小さい頃から目が悪い人は、車がどういうものか、知りませんから、恐いものがない。これに対して、年をとってからだと、そういうものをよくご存じですから、怖さの方が先に立つのだそうです。

 ともあれ、この『景清』は、盲人が信心によって、目が見えるようになるという、大変めでたいお話です。特に落ちはございません。


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景清の眼

 (かげきよのめ) 別名:景清」「入れ眼の景清」「めくら景清」

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掛取り

 (かけとり) 別名:掛取万歳

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掛取万歳

 (かけとりまんざい) 別名:「掛取り」「掛万」「浮かれの掛取り」

 途端落
 出典:古典落語集4 圓生 (ちくま文庫)

 大学時代の教授に、やたらと気前のいい方がおられました。彼は、学生を連れて飲み屋に行くと、入ったところで、おかみさんに財布を渡す。今日はこれだけしか払えないよという意思表示でございます。もちろん財布の中にたくさん入っていればいいのでしょうけど、そう毎回たくさん入っているわけではありません。時には、「先生、これだけですか」と、おもわずおかみさんがびっくりする時もあるぐらいでして……。とは言うものの、そこは学生街で長く店を出しているだけのことはあります。少ししかお金が入っていないからと言って、しけたまねはいたしません。貧乏学生達が、おなか一杯食べて、十分酔いが回るだけの料理とお酒を出してくださいました。こんなところでなんですが、おかみさんには心から感謝いたします。もちろん、気前よくおごってくださった教授にも。

 そんな教授ですから、当然、借金の催促がくるわけです。

「あの〜、先生、そろそろ立て替えておいた本代をお支払いいただきたいのですが……」

 しかし、教授は平然とした顔で、

「今、ないよ」
「そんなことおっしゃらずに、払ってくださいよ」
「うん、払いたいのはやまやまなんだけどね、でも、やっぱりないものはない。そうだ、君。なんなら、そこの本棚から、本代分、本を持っていってもらってもいいよ」

 先生、そりゃ無茶っすよと言ったところですが、ともあれ、この掛取万歳は、借金をなんとか返さずにすむように、色々と知恵をひねるというものです。

 まずは、狂歌好きの大家さんに対しては、「貧乏をすれどこの家に風情あり、質の流れに借金の山」なんて、うまいことを言って、大家さんを追い返し、「金を払ってもらうまでは、一歩もここを動かない」と言う魚屋さんに対しては、「本当に、払うまで一歩も動かないんだな。それじゃあ、1年でも2年でも、ここに居ておくれ」なんて、無茶苦茶なことを言ってあきれさせます。

 落ちは、それじゃあ、一体いつになったら払えるんだいと聞かれて、

「100年過ぎればなんとか」


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掛万

 (かけまん) 別名:掛取万歳」「掛取り」「浮かれの掛取り」

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笠碁

 (かさご)
 途端落
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 囲碁・将棋というのは、娯楽の少なかった時分には、大変人気のあった遊びでございまして、夏の夕暮れともなると縁台なんか持ち出して、近所の連中が集まってきては、パチリ、パチリとやっていたのだそうです。
 この碁や将棋というのは、相手の打った手が、いい手だったりすると、思わず「待った」なんて声が出る訳で、「いいや、待たない」「そこをなんとか」と、これが元で、10年来の友人が、たった1日でケンカ別れなんてことになるわけで、負けん気の強い江戸の庶民にとっては罪つくりな遊びでした。

「ちょっと、その手を待っておくれ」
「なに言ってんです。待ったなしと決めたのは、あなたじゃないですか」
「いやまぁ、確かに決めたんだけど……これは、ちょっと困る」
「困ると言いますけれど、碁というのは、一方が良くなって、片方が困るところで勝敗がつくものですから」
「そんな理屈を言うことないだろ。もういいよ、お前がそんなに頑固者だとは思わなかった。帰っとくれ」
「あぁ、帰るよ。こちとら、忙しいんだ。ヘボを相手にしてる暇はないんだ」
「ヘボとはなんだ。もう二度と来るな」

 なんて騒ぎは日常茶飯事でして、それじゃあ、この2人がこれっきり会わないかというとそうでもない。「碁がたきは憎さも憎し懐かしし」なんて言いまして、雨が2日も続くと、2人ともたまらない。

「よく降るなぁ。こう降ると、することがなくて、いやになっちゃうね。こういう時にあいつが来ればいいんだけれど……ふふ、ふふふ。来た、来ましたよ。被り笠なんか被って、来た来た。おい、早く湯を沸かしな。座布団も出すんだよ。もうこっちのもんだ。来た来た……行っちまいやがった。イヤな野郎だなぁ。他に行くとこなんかないだろうに。あ、戻ってきた。やっぱりここに来たんだなぁ。強情な野郎だ。わざとむこうを向いて歩いていやがる。こっちを見ないか。また通り過ぎやがった。電柱の陰に隠れて、こっち見てるよ。馬鹿だなぁ。強情はってないで、さっさとこっちに来ればいいのに。やいやい、ヘボ、ヘボやい」
「なにを? ヘボだと。どっちがヘボだ。お前さんの方がよっぽどヘボじゃないか」
「俺がヘボだ? ようしどっちがヘボか、勝負しようじゃないか」

 こんな具合に再び勝負が始まります。

 落ちは、どうも碁盤の上に水が滴れてくるので、どこか漏れてるんじゃないかと、ひょいと顔を上げると、相手が被り笠をしたまま、碁に夢中になっているというもの。


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鰍沢

 (かじかざわ) 別名:「鰍沢雪の酒宴」「鰍沢雪の夜噺」「月の輪お熊」
 地口落
 出典:古典落語集 (ちくま文庫)

 昔は信心深い人がたくさんおりまして、お題目を唱えて諸国を行脚する人も珍しくなかったのだそうです。もちろん、今と違って昔の旅は命がけ。途中で病に倒れたり、がけで足を滑らせたり、あるいは山賊や追いはぎに襲われて命を落とすということもしばしばあったのだそうです。

 旅人が吹雪の中、題目を唱えて歩いていると、行くてにぼーっと家の明かりが見えます。あそこで吹雪が過ぎるまで雪よけをさせてもらおうと戸を叩くと、中から色白の美女が現れます。困ったときはお互い様と、彼女は快く旅人を迎え入れ、体が温まるようにと玉子酒を振舞ってくれます。

 外の激しい吹雪が嘘のように、家の中は暖かく静かで、疲れと心地よい酔いで旅人はいつしか眠り込みます。

 目がさめると、どういうわけか体が動きません。部屋の中には、女の姿が見当たらず、がっしりした体に、彫りの深い顔、眉は太く、口は硬い髭の下に埋もた男が、囲炉裏の側で、先ほど旅人が飲んだ玉子酒を飲んでいます。ところが、しばらくすると男が急に苦しみ出します。そこへ女が帰ってきて、男が玉子酒を飲んだことを知り、

「その玉子酒は、そこで寝ている旅人からお金を奪い、あんたが行きたがっていた上方への旅費にしようと、しびれ薬を入れておいたのに、それをあんたが飲むとは……。因果かな、悪いことはできない」

と泣き出します。

 驚いた旅人は、こんなところで殺されてはたまらないと、かすれる意識の中、なんとか解毒の護符を口に含み、家の外に逃げ出します。

 外は吹雪もやみ、一面の雪景色。旅人は、新雪に足を取られそうになりながらも、懸命に走ります。その後ろから、旅人が逃げたことに気づいた女性が、夫の猟銃を持って追いかけてきます。

 なれない雪道のこと、あせる気持ちとは裏腹に、旅人は、ついに切り立った崖に追い詰められます。どうせ死ぬのなら、撃たれて死ぬよりも、と旅人は「南無妙法蓮華経」と題目を唱えて、切り立った崖から身を投げます。

 御仏の加護か、新雪がクッションになり、旅人は傷ひとつおわず、谷の底にあった筏の上に落ちます。旅人を乗せた筏はゆっくりと川を下り始め、見上げると、女が猟銃を腰だめに構えたまま、恨めしそうに、じっと旅人を睨んでいますが、その姿も再び降り始めた雪の中に消えていきます。

 鰍沢でのできごと。


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鰍沢雪の酒宴

 (かじかざわゆきのしゅえん) 別名:鰍沢」「鰍沢雪の夜噺」「月の輪お熊」

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鰍沢雪の夜噺

 (かじかざわゆきのよとぎ) 別名:鰍沢」「鰍沢雪の酒宴」「月の輪お熊」

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火事息子

 (かじむすこ)
 ぶっつけ落
 出典:古典落語集7 正蔵・三木助 (ちくま文庫)

 その昔、江戸では火事が頻繁に発生していました。そこで大岡越前が町火消というものを組織したわけですが、最初に、「い組」と「ろ組」ができまして、その後、いろは四十八組となるわけです。中でも辰五郎のいた「め組」が有名ですが、実際には、いろは全ての組があったのではないのだそうで、まず「へ組」がありません。そりゃまぁ、「へ組」では、ちょっとなり手がなさそうです。それから、「ひ組」。これは火のところへ、「ひ」を持っていくと火事が大きくなるといったゲンカツギもあって、作られませんでした。もう1つ存在しないのが、「ら組」です。江戸っ子は、基本的に巻き舌なものですから、頭に「ら」という発音はやりにくかったのだそうです。また一説には、「ま組」が纏を上げている隣で「ら組」が纏を上げたら、ちょっと風教上好ましくないのではないかと、そういうことも考えて採用しなかったとの説もあります。その代わりに、「千」「万」「百」という組を作って、四十八組となりました。

 この『火事息子』は、勘当された息子が、火消しになり、実家の火事を消し止めたという人情噺です。

 オチは、火事のおかげで長い間消息不明だった息子に会えたので、年老いた母親が、黒羽二重の紋付やら、袴やらを持ち出そうとするので、何をする気だと問うと、

「だって、火事のおかげで会えましたから、火元に礼を言いに……」


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風うどん

 (かぜうどん) 別名:うどん屋

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片側町

 (かたがわちょう) 別名:浮世床

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金拾い

 (かねひろい) 別名:芝浜」「ばにゅう」「革財布」「芝浜の財布」

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花瓶

 (かびん) 別名:「溲瓶」「溲瓶の花生」「さむらいしびん」
 ぶっつけ落
 出典:古典落語集2 文楽 (ちくま文庫)

 お金持ちが骨董屋で、青磁の香炉を求めます。店の者は、まず5万円のものを見せ、次に8万円のもの、さらには10万円のものを見せます。客がもっと高いものはないかというので、5万円の品物を箱だけ変えて15万円で売りつけた。品物の良い悪いなんか分からなくて、ただ値段さえ高ければいいというバブル全盛の頃の話でございます。

 侍が、花活を買いに古道具屋にやって参ります。いろいろと見て回ったあげく、「しびん」に目を付けます。田舎侍ですから、「しびん」を知りません。変わった形をしていると面白がり、5両もの大金を出して買い求めます。

 買う方も買う方ですが、売りつける方も売りつける方。ともあれ、騙されたことを知った侍は、怒って店に駆け込んできます。しかし、古道具屋に病身の母親がいることを知り、そのまま帰ってしまいます。

 これを聞いて、

「さすがお武家様だね。普通なら、『命は助けてやるから、金を返せ』と言い出すもんだよ」
「小便はできない。なにしろ、溲瓶は向こうにあるんだから」


【注】
 俗に売買契約を破棄することを「小便をする」と言います。

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剃刀

 (かみそり) 別名:坊主の遊び

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革財布

 (かわざいふ) 別名:芝浜」「ばにゅう」「芝浜の財布」「金拾い」

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蛙茶碗

 (かわずちゃばん)別名:「舞台番」「素人芝居」
 ぶっつけ落
 出典:古典落語集3 圓生 (ちくま文庫)

 えぇ、この噺は、下ネタのお話でございます。

 江戸時代、お芝居小屋には舞台番というのがおりました。彼は何をするかというと、客の子供やなんかが騒ぎ出したら、静かにさせるというのが仕事です。

 さて、この舞台番に半次が抜擢されます。彼は、仕事がもらえたと大張り切り。自慢の赤褌を締めて、舞台の袖で、たすきを掛け、尻をまくり、仁王立ちで、客席を見張っています。

 ところが、どういうわけか、自慢の褌がするっとゆるんでしまいます。しかし、半ちゃんは、そのことに気がつかず、一生懸命、客席をにらみつけています。

 観客としては、たまったものではありません。なにしろ、大きなものをぶらんとぶら下げた男が、恐い顔をして睨み付けてくるわけですから、そこかしこしで、クスクスと笑い声が上がります。そのたびに、半ちゃんが、ブランブランさせながら、「しっ」なんて言うものですから、次第に客席は笑いで大騒ぎとなります。

 ちょうど、演目は、『天竺徳兵衛謀反譲り場』の最後の「忍術譲り場」。忍者が印を結び、どろんどろんと大きな蛙が登場するところ。ところが、蛙役が一向に登場いたしません。

 何をやってんだと、蛙役が怒られると、クスクスと笑いながら、

「出られませんよ。だって、あそこで大きな青大将が狙ってるんですから」


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巌流島

 (がんりゅうじま) 別名:「巌柳島」「岸柳島」
 仕込落+ぶっつけ落
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 巌流島と言えば、武蔵と小次郎ですが、落語の世界では、どうも勝手が違うようです。

 渡船が川の中ほどにさしかかった頃、眉が太く、目がぎょろっとした、いかにも堅物そうな田舎侍が、キセルをプカリプカリとふかしていたのですが、船の縁で火玉を払おうとポカリとやった途端にポキリと折れてしまいました。あっと思ったが、もう後の祭り。折れたキセルの先は、ブクブクと川に沈んでしまいました。腹を立てた侍は、周囲の人に八つ当りを始めます。

 狭い船の中、誰もが迷惑だと思っているのですが、相手が武士だとうかつなことも言えません。町人の分際で無礼千万、そこへ直れ。なんて言われて切り捨てられたらたまったものではありません。とにかく自分にとばっちりが来ないようにと皆がみな首をすくめていると、船の後ろのほうに座っておりました老齢の武士が、立ちあがり、この若い武士をたしなめます。しかし、若侍の方はおさまりません。今にも刀を抜かんばかりの勢いでくってかかります。話はこじれ、岸についたところで果し合いということになります。

 血気にはやる若侍は、たすきを十字にかけ、刀を構え、岸に着くのを今か今かと待ちうけます。一方、老武士の方は落ち着いたもので、従者から槍を受け取り、二、三度しごいてから、すくっと立ちあがります。

 そうこうする内に船は中洲に。待ちかねた若侍は、船が着くのもまどろっこしく、「おいぼれ続け」とばかりに、ぱっと船から飛び出します。すると老武士は、槍を川底に突きたて、ぐいっと押します。船はすーっと川中に。老武士は落ち着き払って船頭に、「あのような馬鹿者に構わず先に進みなさい」

 どうなることかと固唾を飲んでいた乗客も、これには拍手喝采。中洲に取り残された若侍に対して、罵声を浴びせます。もちろんこれは、若侍が泳げないとふんでのことですが。

 ところが、怒り心頭の若侍は、着衣を脱ぎ捨てたかと思うと、ざぶんと川に飛び込み、あれよあれよと言う間に船に追いついてきます。乗客は、上や下への大慌て。しかし、老武士はさすがに落ち着いたもの。追いついてきた若侍を一喝し、

「汝は、水に潜ったというに、まだ頭が冷めぬか」
「いや、さっきのキセルの雁首を探しにきた」


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御慶

 (ぎょけい) 別名:「富の八五郎」「富八」「八五郎年始」「千両富」
 途端落
 出典:古典落語6 小さん集 (ちくま文庫)

 「一角千金を狙う」というのは、僕のようなヤクザな性分にとっては、たまらないものがあるのですが、あいにく僕は、子供の頃からクジ運がないたちでして、クジはおろか、アイスキャンディですら、当たらなかったほどでして……

 ともあれ、落語の世界では、富くじのはなしは、この「御慶」以外にも、「富久」「宿屋の富」、「水屋の富」など、色々あります。「クジ」に対する考え方は、昔も今もあまり変わらないようです。

「おぃ、すまねぇ。クジを1枚もらいたいんだ」
「番号にお好みはありますか」
「大ありだよ。実は、いい夢みちゃってさぁ。鶴がハシゴのてっぺんにとまって、羽をひろげているんだ。鶴は千年っていうから、鶴の千。ハシゴだから、845番。なぁ、鶴の1845番、これをくれよ」

 番号を選ぶ時の語呂合わせは、昔も今も、あんまり変わらないようです。ともあれ、この男が千両を当てたから、さぁ大変。普段、大金を持ったことがない人間が、大金を持つと、あっという間に消えてしまうものですが(どうでもいいですけど、僕が給料日直後に意識を失って、気がついたら両手いっぱいの本を抱え込んでいるのは、一体なぜなのでしょうか)、この男も、例に漏れず、羽織袴に太刀を買って、長屋の界隈を、これ見よがしに練り歩きます。

 落ちは、新年の挨拶として「御慶」と言いながら歩いていると、「どこへ(行ってたのか)」と聞き違えられるというもの。


【注釈】
太刀を買う
 江戸時代、刀を持てたのは武士だけと教える先生もいますが、実はそういう訳でもなく、市中での帯刀こそ許されなかったものの、脇差しなら持てたのだそうです。特に、この御慶の登場人物のように、袴姿であれば市中でも脇差しを差すことができました(参照「猫久」)。

【参考】
 富籤の話としては、「富久」「宿屋の富」「水屋の富」などがある。

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近日息子

 (きんじつむすこ)
 間抜落
 出典:古典落語集7 正蔵・三木助 (ちくま文庫)

 いつの世にも理屈っぽい人はいるものでして、映画なんかで「近日公開」と書かれているのを見て、さて近日とはいつのことだろうかと考え出し、近日というからには今日に近い日のことなのだろう。今日に一番近い日といえば明日のこと、なんて一人で納得したりなんかするわけで、まぁ、道理からいえばその通りなのですけれど……。

「お前も大黒屋の跡取息子なんだから、もうちょっとしっかりしとくれよ。商売人の息子は、ただ言われたことを言われた通りにやってたんじゃいけない。言われたことの一歩も二歩も先を考えて行動する。こうでなくちゃいけない。それなのにお前ときたら……。この前も、新聞広げているから感心だなと思って、どんな記事を読んでいるのかとおもってのぞいてみると、経済面を広げているじゃないか。ようやくお前にも自覚ができてきたのかと思って喜んでいたら、お前何をしていた? 新聞の文字数を数えていた? そんなだから、お前は大黒屋の馬鹿息子と言われるんだよ」

 なんて普段から小言ばかり食らっているわけですが、そんなある日、父親が風邪を引きます。

 これを見て、息子は一歩も二歩も先を行うにはどうしたらいいのか考えました。

 その結果、彼はまず医者を呼びにいきました。まぁ、これは正解といえるでしょう。次に彼は葬儀屋に行きます。ここで棺桶の手配を済ませた足で、寺の坊主を呼びに行きます。これには父親もあきれ果てて、怒る気力もうせます。とりあえず棺桶をキャンセルして、お悔みを言いに来た近所の人に事情を話して引き取ってもらいます。

 一段落したところで、父親が半ばあきらめながらも息子を説教すると、息子のほうはけろっとした顔で、

「近所の人も、あんまり利口じゃないな。ちゃんと忌中のそばに『近日』と書いといたのに」


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金明竹

 (きんめいちく) 別名:「長口上」
 地口落(ぶっつけ・仕込み落)
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 金明竹と言うのは、もともと中国の竹でして、その名の通り、全体が明るい黄金色をしています。特に、宇治の黄檗山万福寺の庭園の金明竹が名高いそうです。

「ごめんやす。旦那さん、おいでですか? 私、中橋の加賀屋佐吉方から参じました。先度、仲買の弥一が取り次ぎました道具七品のうち、祐乗・光乗・宗乗三作の三所物、ならびに備前長船の則光、四分一ごしらえ横谷宗民小柄付きの脇差、柄前は、旦那さんが古鉄刀木と言やはって。やっぱりありゃ埋木じゃそうに、木が違ってますさかい、念のためちょっとおことわり申します。次は、のんのこ茶碗、黄檗山金明竹、寸胴の花活、「古池や蛙とびこむ水の音」と申します、あれは風羅坊正筆の掛物で、沢庵・木庵・隠元禅師張交ぜの小屏風、あの屏風は、私の旦那の檀那寺が兵庫にありまして、この兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって、兵庫にやり、兵庫の坊主の屏風にいたしますと、かよう伝言願います」

 あ〜、書いてて疲れました。ともあれ、こんな伝言、覚えろと言う方が、どだい無理な話でして、しかも客は関西人、店番は江戸っ子なものですから、言葉も違います。なんど言い直しても、いっこうに話がかみ合いません。結局、客は店の主人が戻ってくる前に腹を立てて帰ってしまいます。
 オチは、伝言をなんとか旦那に伝えようと四苦八苦しながら、

「中橋の加賀屋佐吉さんの仲買の弥一さんとおっしゃる人が、気が違ったからお断りに参られたと……それで、遊女を買ったんです。それが孝女。掃除が好きな……それで、千艘や万艘とか言って遊んでて、しまいに寸胴切りにしちゃった。それで、捕まえようと言ってたんですが、小遣いがないとかで……で、インゲンマメにタクアンばかり食べてて……何を言っても、のんのこしゃなんでしょう……それで、あの備前の国に親船で行こうと思ったら、兵庫に着いてしまったんです。兵庫にはお寺があって、そこに坊さんがいるんですが、そのぉ……後ろに屏風が立ってて、屏風の後ろに坊さんがいるんです。それで、古池へ飛びこんだんです」
「古池に飛び込んだ? なんだいそりゃ。あの人には、道具7品預けてあるんだが、買ったのかなぁ」

「買わず(蛙)でございます」


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首提灯

 (くびぢょうちん)
 見立て落
 出典:古典落語集7 正蔵・三木助 (ちくま文庫)

 酒に酔った町人が、酔った勢いそのままに武士にからみます。武士の方は、しばらくは無視していたものの、主君を侮辱されたところで、「えぃ」と掛け声をかけ、何事もなく去っていきます。

 町人の方でも、武士が去っていったので、こちらも上機嫌で品川の芸者のところに向かいます。

 ところが、ともすると首が横に向く。歩きにくいので元に戻すと、またくるっと左に向きます。こりゃいかん、と思っていると、折り悪く火事に出くわし、人ごみの中に混ざってしまいます。こっちは、壊れ物を持っているわけで、落とすといけないと、自分の首をひょいと差し上げ、

「はい、ごめんよ。ごめんよ……」


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首ったけ

 (くびったけ)
 ぶっつけ落
 出典:古典落語1 志ん生集 (ちくま文庫)

 吉原というのは、世の中のことが大体分かってくるところですから、昔の若い人は、一度はそういうところに行ったものなのだそうです。僕なんかも、まぁ、後学のためと称して行きましたけれども、少し勉強しすぎてしまいまして、まぁ、こういうのはあんまり勉強しすぎてはいけませんけれども、とにかく男ってのは、夢中になる時は、そんなものです。

 ともあれ。

 吉原にいる女性は、おおむね頭のいい人が多くて、こちらがだまそうと思っても、そうはうまくいかないのです。向こうは商売ですから、それはもう、男の扱いには手慣れている訳で、逆に男の方は、だらしありません。気がついたら、こちらの方が熱を上げていると言った感じでして……。

 このお噺は、芸者から「愛している」と言われていい気になっていた男が、ひょんなことからケンカしてしまい、むしゃくしゃしていたところ、彼女が川に落ちたと言われて駆けつけたものの、嫉妬心から、

「薄情なやつは助けない」
「薄情なことしないよ。お前さん、この通り、喉のところまで水が来ていて、今度ばかりは、首ったけだよ」


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肥瓶

 (こいがめ) 別名:「家見舞」「祝いの瓶」「新宅祝い」
 地口落
 出典:古典落語6 小さん集 (ちくま文庫)

 義理堅いというのは、江戸っ子の美徳の1つですが、義理を果たしたくとも元手がないと、何かとうまくいかないようでして。

「友人の新築祝いについて相談なんだが、水瓶を贈ろうと思うんだけど、どうだろう?」
「確か、あそこには年老いた母親がいたはずだよなぁ。年寄りがいちいち井戸まで水を汲みに行くのは難渋だろうから、瓶に水を張っておくというのはいいことだと思うよ。おまえさんの案にしちゃ上出来じゃないか」

 というわけで、適当な水瓶を探しにいきましたが、これが結構いい値がついています。ようやく古道具屋で男が見つけたのが、もともと便所で使われていた肥瓶。普通ならちょっと遠慮しておきたいものですが、そこはいいかげんな男のこと。今度はお金が出来たときに改めてちゃんとした水瓶を持っていくことにして、当座はこの肥瓶で間に合わせることにします。

 そうとは知らない友人は、この贈り物に喜んで、男をもてなします。瓶の由来を知っている男としては、出された料理は食べたいし、かと言って水瓶を使った料理は食べたくないし……。

 落ちは、水瓶に澱がたまるのでフナを持ってきて欲しいと言われて、
「それには及ばない。今まで鯉(肥)が入っていた」


【注釈】
フナを持ってきて欲しい
 フナは澱を食べるので、水をきれいにするために瓶にフナを入れておくということをしていた。

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孝行糖

 (こうこうとう)
 地口落
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 えー、毎度馬鹿話を一席。
 今では行商というと「たけやー、さおだけ」とか、「ロバのパン屋はチンカラリン」と言ったぐらいしか出てきませんが、昔は豆腐屋、卵屋、鰯屋、金魚屋と様々ございました。
 売り声というのは、難しいもので、豆腐屋さんなんかだと、「とーふー」と言えばいいような気がしますが、実際に「とーふー」なんて言っても、家の中じゃ、豆腐に聞こえないのだそうで、慣れた方は「えーふー」と申すのだそうです。中には「えーふー」とも言わず、「ぁやーうー」なんて言う方もおられるようですが、ちょっと危険な豆腐屋さんのような気もします。

 それはともかくとしまして、その昔、与太郎がおりました。この男、ひらていに言えば馬鹿なのですが、大変に親孝行な男でした。その親孝行に将軍様が、褒美としていくばくかの金を渡されたのですが、なにぶん馬鹿でございます。ほっといたら、何に使うかしれたものではございません。いえ、使えばまだいいのですが、おっことすかもしれないと言うんで、長屋のものが相談して、この金を元手に飴屋をやらせようと言うことになりました。名付けて「孝行糖」でございます。

 オチは、呼び声がウルサイと叱られた与太郎が、どこが痛むかと聞かれて、ぶたれたところをさすりながら、

「こぅこぅと、こうこぅと」


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庚申待

 (こうしんまち) 別名:宿屋の仇討

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黄金餅

 (こがねもち)
 出典:古典落語1 志ん生集 (ちくま文庫)

 世の中には、2種類の人間がいるものでして、お金が貯まる人と、そうでない人です。残念ながら僕は後者でして、給料日が毎月25日なのですが、どういうわけか月末の30日ぐらいで、早くもきゅうきゅうとしております。

それはともかく。

 さて、お金が貯まると一口で申しましても、大金持になる人と、小金持ちになる人に分かれます。大金持というのは、意外なことに、どかーんと大金を使うものです。なんでも一晩100万単位でばーっと宴会をしちゃうことも日常茶飯事なのだそうで、それでいて、入るときは1000万単位だから、ますます増えていくというわけです。何ともうらやましい限りですが、他方で、小金持ちというのは、それこそ部屋の明かりを消してまわったり、西にバーゲンがあると聞けば、すっ飛んでいき、東で大安売りと聞けば、行って人を押し分けるといった具合で……。

 あれ? 西念のやつ、薄暗い部屋で餅なんか並べて、何をやってんだろ。あんこだけ取り出してなめてるけど、嫌な食べ方だなぁ。餅だけ残したって仕方ないだろうに。なんか難しい顔して考え込んでるけど、さっさと食べてしまえよ。じれったいなぁ。おいおい、餅の中に、お金を詰め込み始めやがった。まさか、餅の中に金を入れて「金餅」なんて駄洒落じゃないだろうな。うわぁ、食っちまいやがった。ははぁ、さては、あいつ、ああやってお金を隠しておくつもりだな。これだから、ケチってのはやだねぇって、なんだ、急に苦しい顔して、まさか喉を詰めたんじゃないだろうな。おい、西念さん、大丈夫か、しっかりしろ。あれ、死んじまいやがったよ。どうする。

 というわけで、ひょんなことから小金がいっぱい入った死体を持つことになってしまった男が、他人に知られないうちに、さっさと火葬して、まんまと金を手に入れるというのが、このお話です。

 ちなみに、東京目黒にある黄金餅の由来は、これだったりします。


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小言幸兵衛

 (こごとこうべえ)別名:搗屋幸兵衛

indexか

後生鰻

 (ごしょううなぎ) 別名:「放生会」
 仕込落
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 菜食主義者と言いまして、肉を食べない人がいますが、これは何も最近のことではございませんで、一昔前の日本では、それほど珍しいことではなかったのだそうです。今でこそ坊さんも酒もたしなめば、肉もお食べになりますが、その昔は、仏に帰依した人だけでなく、一般の町人でも信心深い人は、肉や魚を口にしなかったのだそうです。

 一人のご隠居さんがおりまして、彼がまた信心深い人でございまして、神社仏閣を詣でては念仏を唱えるのが一番の楽しみ。自分が通りかかったところで生き物が殺されようとしていたら、お金を出してでもその動物を助けると言った具合でして、誠に結構なお人でした。

 そのご隠居が、川のほとりを歩いていると、鰻屋がある。親方が今まさに鰻をまな板の上にのせ、錐でとおしてさばこうというところ。慌ててご隠居は、この鰻を買いうけて、2度と捕まるんじゃないよとさとしてから、前の川にざぶんと放してやります。翌日も、また同じように川辺を歩いていると、やはり鰻屋で、鰻をさばこうとしているところに出くわし、同じようにご隠居さんは鰻を買い取り、川に放してやります。そんなことが1週間ほど続いたある日、その日、鰻を仕入れられなかった鰻屋は、お店を休んでいたのですが、そこに向こうからご隠居がやってきました。

「おい、おっかぁ、来たよ、来たよ。ご隠居だ。何でもいいから生き物をもってこい。まな板の上においておけば、お金を払ってくれるよ。生き物ならなんでもいいんだ。さっきまでいた猫はどうした」
「さっき、出ていったよ」
「まったく、使えない猫だなぁ。おい、それじゃあ、赤ん坊を貸しな」
 奥さんが止めるのも聞かずに、親方は赤ん坊をまな板の上に置き、包丁を振りまわし始めました。これを見て、ご隠居さんが飛んで来た。

「おいおい、何をやってんだ。その赤ん坊をどうする? 奥のお客さん用? 馬鹿言っちゃいけない。いいよ、いいよ、あたしの目にとまった限りは助けない訳にはいかない。いくらだい。あぁあぁ、それくらいなら高くない。何しろ人の命だからな。お金はここに置いとくよ。全く、こんなかわいい赤ん坊をさこうとするなんて、なんてひどい親だ。いいかい、もう2度とこういう家に生まれてくるんじゃないよ」
 そういって、ご隠居は、赤ん坊を前の川にざぶんと……


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碁どろ

 (ごどろ) 別名:「碁打盗人」「碁盗人」
 間抜落
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 岡目八目と言いまして、傍から見ていると、どうしてああもヘボなことをするんだろうと思うものです。これはまぁ、囲碁や将棋に限ったことではなく、一般的に言えることですけれども。

 ともあれ、ヘボなことをしてると思うと、やはり色々と口を出したくなると言うのが人情と言うもの。これもまた、囲碁や将棋に限ったことではなく、一般的に言えることなのですけれど。

 しかしながら、横から色々と言われることほどうるさがられることはありません。当事者は我々だ。外野は黙っていろという気になるものです。やはり、これも囲碁や将棋だけでなく、一般的にそういうものです。

 さて、この碁どろは、盗みに入った先で、碁石の音が聞こえて思わず仕事も忘れ、観戦するという噺。

 落ちは、思わず声が出た泥坊に対して、対戦中の主人が、
「ついぞ見慣れぬ方だが、どなたですか」
「泥坊です」
「泥坊か、それは困ったな。助言は無用ですよ」


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五人廻し

 (ごにんまわし) 別名:「小夜千鳥」
 ぶっつけ落
 出典:古典落語集3 圓生 (ちくま文庫)

 今ではどうなのか、あまりよく知りませんが(と、とりあえず真面目なふりをしておきますが)、その昔の吉原では、いわゆる「廻し」というのがありました。どういうものかというと、1人の芸者が、ふたり、三人、時には10人ものお客を掛け持ちして、あっちのお客の相手をしていたかと思うと、次の瞬間には、こちらのお客とお酒を飲んでいるといったことでございまして、当然、その間、お客の方は、一人で炒り豆なんかをかじっていることになります。実際、お金を払って店に入ったはいいが、最初にちょっと芸者と話をしただけで、後はずっと一人で時間まで過ごすといったこともあったのだそうです。

 この「五人廻し」は、そうした待ちぼうけを喰らったお客の愚痴が、まとめて五人分聞けるという、実にお得というか、なんというか、そういうご経験をお持ちの方にとっては、思わず苦笑してしまう噺になっています。

 あいにく、僕はそういう遊びをした経験がございませんので(と、再びいい子ぶっておきますけど)、登場する人物達の悲喜こもごもの愚痴については、読者の皆様のご想像にお任せします。


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子は餅

 (こはもち) 別名:子別れ」「女の子別れ」

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五両残し

 (ごりょうのこし) 別名:星野屋」「三両残し」「女郎買い五両くすね」

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子別れ

 (こわかれ) 別名:「子は餅」「女の子別れ」「こわめしの女郎買」「おこわ」「子宝」「逢戻り」
 ぶっつけ落
 出典:古典落語集4 圓生 (ちくま文庫)

 この噺は、別れた夫婦が、寄りを戻すというものです。そのきっかけを作ったのが、子供だと言うことで、子は夫婦のカスガイというお話です。

 落ちは、子はカスガイと聞いた子供が、

「それで、あたいが悪さすると、『金槌でぶつよ』と怒られるんだ」


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権助提灯

 (ごんすけちょうちん)
 間抜落
 出典:古典落語5 金馬・小圓朝集 (ちくま文庫)

 最近は男も妬くようになりましたが、焼餅の噺です。男の焼餅と言うのは、どうもみっともいいものではありません。妬かなくてもいい焼餅を焼くことが多いようです。例えば、夜の公園でアベックがいようものなら、いまいましい、石でもぶつけてやろうかという気になる。こんなのは大きなお世話で、ほっとけば平和な生活を送れるのですけれども、とりあえず石を投げておく……まったく、正気の沙汰ではありません。これはやはり女性に妬いてもらうのが一番です。

 ちょうど暮のことで、その夜は西北の風が強く吹いているところ、奥さんが旦那さんに向かって、

「お前さん、今夜は風が強うございます。こんな夜は火事が心配ですが、幸い、我が家は大勢若い者がおりますから、いざという時には十分に手が廻ります。ところが、横丁の女性の家は女中と二人っきりで、大変心細いのではないかと思います。お疲れでしょうが、一度、あの女の方に行かれてはいかがでしょうか」

 なんて言いまして、男の方は、「それもそうだ」なんて、呑気に風の強い夜に出かけます。妾の家に着きますてぇと、女が言うには、

「こんな風の強い夜に心配して来てくださっただけで、私は十分です。それよりも、私なんかを心配してくださる奥様のところにお戻りください」

と言われて、女の優しさに惚れ直しつつ、男は風の強い中自宅に戻ります。ところが、自宅では奥さんが、

「しっかりした女性だねぇ。あたしは感心しましたよ。あたしのことは心配いらないから、ぜひ、女のところに泊まってやりなさい」

 などと言われて、風の強い寒い夜、自宅と妾の家を行ったり来たりさせられるというのが、この権助提灯というお噺。


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こんにゃく問答

 (こんにゃくもんどう) 別名:「餅屋問答」
 見立て落
 出典:古典落語集7 正蔵・三木助 (ちくま文庫)

 昔は地方に行くと、一番困るのがお寺の住職がいなくなったときです。土地の人にも読み書きできる人はいるのでしょうが、そういう人だと村のものも子供のころの事を知っています。ありがたいお経を読んでいても、あれは子供のころ鼻水たらして、俺の庭の柿を盗んでいたなんてことを思い出されると、ありがたみはどこかにすっ飛んでいってしまいます。

 そういうわけで、なるべくどこの誰か分からない人を和尚にしようと、こういうことでございまして、修行をつんだとか、そういうことはあまり気にしなかったのだそうです。

 さて、この小さな村の和尚もそういった類の人でして、元は江戸でこんにゃく屋を営んでいたのですが、いろんな事情から流れ流れて、この村の和尚になって、かれこれ10年。その間、つつがなく過ごしてきて、村の人からも話のわかる気さくな和尚と、そこそこ人気がありました。

 そんなある日、旅の僧がこの寺を訪れ、ぜひ和尚と問答をしたいと言い出します。この時代、問答をして破れたほうがお寺を去るという決まりになっていたから、さぁ大変。もちろん、和尚は問答なんてしたことありません。なんとか不在を決め込もうとするのですが、そういうわけにもいかず、とうとう問答をすることになります。

 村のものが見守る中、まず旅の僧が「東海に魚あり、尾もなく、頭もなく、中の支骨を断つ。法華経五字の説法は八遍にとじ、松風の二道は、松に声ありや松また風をうむや。有無の二道は禅家悟道の悟りにして、いずれが理なるや、いずれが非なるや。これ如何!」と切り出します。

 そんなこと言われても、和尚には何を言っているのかさっぱりわからないわけで、黙っていると、旅の僧は黙行だと勘違いして、今度は両手をおなかにもっていき、小さな円を作ります。和尚はこれに応じて空に大きな円を描きます。すると旅の僧が平伏して、今度は両手を開いて前に差し出します。和尚はそれに対して、片手を差し出します。また旅の僧は平伏して、3本指だけを前に差し出します。和尚が、あかんべぇをすると、すっかり恐れ入った旅の僧はそそくさと逃げ出します。

 どうなることかと心配して見守っていた村の者は、この結末にほっとしつつ、一体何が起こったのか不思議に思い、寺を出ようとした旅の僧に事情を聞きます。すると、旅の僧は、

「当寺の和尚は博学多識。拙僧の及ぶところではございません。私が『天地の間は』(と言って、小さな円を作る)と伺ったら、『大海のごとし』とお答え、『十方世界は』と問えば、『五戒で保つ』さらに『三尊の弥陀は』と聞けば、『目の前を見ろ』とおっしゃられた。まことにすばらしい方でございます」

 そんなすごいやり取りがあったのかと感心し、和尚を見直して問答のことをたずねると、和尚答えて曰く。

「あれは、俺の昔の商売を知っていてからかいに来たに違いない。おまえのところのこんにゃくは、こんなに小さかった(と言って、小さな円を作る)と言い出したので、そんなことはない、こんなに大きかったと言い返すと、10枚でいくらだと値を聞いてきた。『500だ』と言うと、『300文ぐらいだろ』と値切り出したので、『あかんべぇ』……」


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とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 1998/09/27 $