「鬼は外、福は内」
と節分では豆をまくのが習わしですが、その昔は厄払いを専門にしていた商売人さんもいたのだそうです。
彼らの口上というのは、
「あぁら目出度いな、目出度いな。今晩今宵のご祝儀に、目出度いことにて払おうなら、まず一夜明ければ元朝の、門に松竹、しめ飾り。床に橙、鏡餅。蓬莱山に舞遊ぶ、鶴は千年、亀は万年。東方朔は八千歳、浦島太郎は三千年、三浦の大助百六つ、この三長年が集まりゃ、酒盛りいたす折からに、悪魔外道が飛んで出で、妨げなさんとするところ、この厄払いがかい掴み、西の海へと思えども、蓬莱山のことなれば、須弥山の方へ、さらぁり、さらり」
だったのだそうです。
さて、与太が、この仕事をやることになり、ある家の前で、口上を始めたのですが、「亀は万年、東方」といったところで、続きを忘れてしまいます。
いっこうに続きが聞こえてこないので、不思議に思った家の者が出てくると、与太は、あちらの方に逃げていきます。
「旦那、厄払いのヤツ逃げていきます」
「逃げていく? あぁ、いま逃亡と言ってた」
旅のお侍が、宿屋にやってきました。侍は、疲れた体を休めたいので、静かに寝られる部屋が欲しいと言います。宿屋の者は、奥の部屋に侍を通しますが、悪いことに隣の部屋には、江戸からの3人連れが泊まっています。
江戸っ子が3人も揃っているわけですから、うるさいのうるさくないの、ドンチャン騒ぎをするわ、相撲を取るわと大騒ぎでございます。夜になったらなったで、自分達の女遊びの話で大いに盛りあがります。その中の1人、源兵衛さんが、
「こう見えても、俺っちは、その昔、川越の方で、石坂って言うお武家の奥さんといい仲になっていたんだが、こういうことはそのうち亭主にバレルと言うもの。相手は武士だろぅ。見つかった、はいすみませんじゃあ、すまない。手打ちにしてくれるなんて言い出したもんだから、こっちも黙って斬られるわけにいかない。相手の刀を奪ってブスリ。あれからもう5年も経つのか。いまでこそ、俺もおとなしくなったけど、昔はそれなりに悪だったのよ」
なんて、たわいない話で盛りあがっております。
さて、これを隣で聞いていたお侍が。店のものを呼んで言うには、拙者は川越藩の家中の者で石坂と申す。先年討たれた弟の敵を討つため諸国を歩いていたが、ついに仇を見つけた。ここで斬りこんでも構わないのだが、それでは当家に迷惑をかける。ついては、明朝まで逃げないように縄で縛っておいて欲しい。もし万が一、彼らが一人でも逃げたら、当家は皆殺しにするから、さよう心得よ。
さぁ大変。宿屋の者は自分達が斬られたらたまらないと、3人を縛り上げます。
先ほどまで威勢の良かった源兵衛さんは、真っ青になって、さっきの話は全くの口から出まかせ、まさか本当にそんなことがあるなんて思いもしなかった。だいいち、自分はケンカはからっきしで……なんて、半べそかきます。
翌朝。店の者がどうなることかと恐る恐る、お侍を起こしに行きます。お侍は、さっぱりした顔で店の者に礼を言い、さっさと宿を出ようとします。店の者が、昨夜の源兵衛はいかがいたしましょうと尋ねると、お侍は、自分には弟などいないと言います。それじゃあ、昨夜の話は……と店の者が聞くと、
「あれぐらい申さんと、拙者が寝かせてもらえんからな」
銀行に就職して、まずやらされることは、「大金を目の前にしても動じない」という訓練なのだそうです。実際、数字で1億円と言われても、桁が大きすぎてピンときませんが、1万円札の束で1億円出されると、よほどの人でないと動揺してしまうのだそうです。もっとも、僕なんかは10万円でフラフラっとしてしまいますけれど。
「おい、お二階のお客さまは、どうした」
「お客さま? 外から帰ってくるなり、寒気がするって、おやすみになっているよ」
「あのお客さま、千両当たったんだよ!」
「千両? へぇ、運がいいねぇ。でも、人のお金じゃ仕方ないでしょ」
「それが、お前、俺はあの人と千両当たったら半分もらう約束をしたんだ。いいから、酒の用意をしときな。魚もいいのを買っといで。俺はお客さまを起こしてくるから。……お客さま、お客さま。もしもし、起きてください。千両当たりましたよ。お客さま!」
「なんです、騒々しい。千両ぐらいで騒ぐものじゃないですよ。約束? えぇ覚えていますよ。500両は、ちゃんとあげますよ。だから、もうちょっと落ち着きなさい。せめて、下駄ぐらいぬいでから部屋にあがってらっしゃい」
「お客さまは、お金持だからそんなに落ち着いていられるんですよ。とにかく、下にお酒の用意をしてありますから、起きてください」
そういって、宿屋の主人が布団をめくると、草履をはいたまま寝ている客の姿が……。
落語と言っても徹頭徹尾、喜劇とばかりは限りません。この「薮入りは」、どちらかという人情話という趣があります。かつて、年季奉公の制度が残っていた頃のお話。
奉公に出ていた子供が、初めて家に戻るというので、両親は嬉しくてたまらない。しかも帰ってきた子供が、想像に反して、礼儀正しく、しっかりしているので、親は嬉しいやら、くすぐったいやら、取り留めのない挨拶をかわすといったものです。
オチは、大金を持ち帰ったことに、盗んだのではないかと疑う父に、ペストの流行で鼠を捕ると懸賞がでるという説明をしたことを受けて、父親が、「鼠の懸賞でもらったのか。うまいことしたなぁ。これからも、ご主人を大切にしなよ。これもやっぱり忠(鼠の鳴き声にかけて)のおかげだ」
妻にしたい理想の女性というと、今時の世間一般ではどんな女性なんでしょうね。深窓のお嬢様というのも、ポイントが高いのかもしれませんが、吉原の女性というのも、なかなか粋でございます。機転もきけば度胸もいい、世情の機微にも通じている。それになにより、彼女たちは、男の扱い方というものを心得ています。どうせ一度の人生であれば、女性にもてあそばれるというのもオツなものです。
ともあれ。
この山崎屋の若旦那は、吉原の花魁を妻にしたいのですが、石頭の父親が許してくれるはずもありません。あの手この手を考えた末、花魁を、長い間武家屋敷に奉公していたことにして、父親に紹介します。
美人で、機転がきいて話しもうまい。針仕事もできるし、度胸もいい。これだけでも言うことないのに、武家屋敷に奉公していたと聞けば、堅物で通っている山崎屋の主人も反対する理由を見つけられません。父親は父親なりに、道楽息子も所帯を持てば、少しは落ち着いて家業を継いでくれるかもしれないと期待していたこともあり、話はとんとん拍子に進み、若い二人はめでたく結婚。老いた父親は根岸の里に隠居することになります。
オチは、参勤交代の道中のことを聞かれて、
「武蔵屋に行って、それから相模屋に寄って、伊勢屋に行って……」
「武蔵を立って相模から伊勢に行くのかい! 達者な足だねぇ」
冬の寒い日のことです。
曰くありげな浪人と、いいところのお嬢様が、品川まで行ってくれと船に乗り込んできました。
しばらく行くと、浪人が船頭に耳打ちします。
「あの女は、呉服問屋の娘で、さきほど確かめたら、懐に百両もの大金を持っているようだ。どうだ、幸い人も見ていない。船の上で、ばっさり切って、川に沈めて、金を山分けというのは」
とんでもない男です。
船頭は、びっくりしつつも、もともと欲深い男です。浪人の話を承諾します。「ただし」と船頭は言います。
「船が血で汚れるのは嫌だ。途中に中洲があるから、そこでやりましょう」
船は船頭と浪人、それに何も知らない呉服屋の娘を乗せて、静かに雪が舞う中、進んでいきます。
しばらく行くと、船頭が言ったとおり、中洲が見つかります。浪人は、中洲に飛び移ります。すると、船頭は船を中洲からすーっと離します。
「おい、船頭、どういうつもりだ」
「なに言ってやがんで。お前みたいな悪党は、どうせお嬢さんを殺した後で、俺っちも殺すつもりだったんだろ。そうはいくか。もうじき潮が満ちてくる。泳ぐなり沈むなり勝手にしやがれってんだい」
呉服屋の方では、娘が無事に帰ってきたことで、大喜び。船頭に謝礼を渡したいと言います。船頭は、口ではいらないと言いつつも、やっぱりお金が欲しい。そうこうするうちに、お金の入った袋がびりっと破れて、中から百両もの大金が。やったと思った途端に、股間の痛みで、目が覚めてしまいます。
何が痛いって、おもわず両方の急所を握りしめていたという、強欲は無欲に似たりというお話。
「ちょっと、あなた起きて。そんなところで寝てたら風邪ひきますよ。起きてったら」
「う、ううん。あ、お春か。すると、あれは夢だったんだな」
「あら、夢を見てらしたんですか。どんな夢を見てらしたんです。教えてくださいな」
「うん、あのね、いや、よそう。お前が怒るといけないから」
「怒りゃしませんよ。ねぇ、話して聞かせてくださいな」
「そうかい、怒らないかい。約束だよ」
そういって、若い夫が話したのは、向島に出かけたところ、雨に降られて雨宿りをしていると、家の中から美人の女性が出てきて中に通してくれ、いろいろと話も弾み、お酒を出されたところで起こされたという、たわいもない夢の話でございます。
ところが、新婚夫婦のことでございます。若い妻は、これを聞いて、私というものがありながら、なんて不埒な夢を見るんですか、もう私のことは嫌いになったのね、としくしくと泣き出します。
そこへ、父親が入ってきて、義理の娘が泣いているのにびっくり。事情を聞くと、若い妻は、先ほど夫から聞かされた話をします。お春さんの話を聞いて、お春みたいな、かわいらしい女性を妻にもらっておきながら、他の女性にうつつを抜かすとは何事か、と父親は息子をしかります。息子は父親にしかられて、お春の話は、全部夢の話ですよと、大笑い。それを聞いて、父親は苦笑しつつも、お春さんの優しさに感心して、それじゃあ、お父さんが、向島の女性に息子をたぶらかさないよう注意してやると、居眠りを始めます。
しばらくして、揺り起こされた父親は、
「しまった。冷や酒でもよかったんだ」
落語の世界で若旦那というと、まぁ、だいたい放蕩息子で、勘当されるのが落ちですが、それでもなんとなく憎めないものです。
ちなみに、僕自身は若旦那ではないですが、放蕩息子ではあります。
それはともかく。
「ねぇ、若旦那。いつまでもごろごろしてないで、どうでしょう、このへんで、少し働いてみては」
「うーん、そうだなぁ。働いてもいいけど、楽に働けて、食事付きで、休憩時間もあって、それで寝ていても勤まる仕事がいいなぁ」
「そんなこといってるから勘当されるんですよ。まぁ、いいや。あのね、三丁目の風呂屋さん、あたしの友達がやってんですが、そこが人を探しているんですよ。ちょっと、そこで働いてみませんか。ねぇ。真面目に働いてくだされば、あたしにしても、旦那様にとりなすこともできますから」
「そこのお風呂屋には、女湯もあるの? あるの。あ、そう。えへへ。それじゃあ、ちょっと働いてみようかな」
まったくもって気楽なものです。こんな気持ちですから、まともに働いているわけではありません。落ちは、下駄がなくなったと苦情を言ってきた客に、他人の下駄を履いていくよう勧めておいて
「これから出てくる人は、順々にはかせまして、いちばんおしまいは、裸足で帰しましょう」
できの悪い息子は可愛いといいます。
「あきれたねぇ。おい、お前、倅が道楽で金を使って笑って喜んでちゃだめですよ。お前さんも親なら、あたしも親なんですよ。22年前にお前の腹から、こういう倅が出てきやがって、恥入んなさい。お前の畑が悪いから、こういう倅ができあがるんですよ」
「お父さんは、あの子が道楽すると、あたしの畑とおっしゃるが、あなたの鍬だってよくない」
「なにを馬鹿な……」
「いいじゃありませんか。なにもあの子が他人のお金を使ったんじゃなし。自分とこのお金を自分で喜んで使っているのを、お小言おっしゃらなくても」
「なにを言ってる。息子が道楽するのを親がほめてるやつがありますか」
「ほめやしませんけど、あなたにも22の時がございました。あなたが22、あたくしが19で、嫁いで参りましたの。そのときは、あなたと3つ違い。うふふ、いまだに3つ違い」
「なにを馬鹿なことを言ってんだい」
よかちょろという馬鹿話でございます。
歌舞伎のお噺でございます。市村座の座頭を市川団蔵と申します。屋号を三河屋。中でも五代目は、渋団蔵と異名をとるぐらい渋い芸をする名人でございました。
この渋団蔵が、忠臣蔵を上演することになりまして、大星由良之助と高師直の二役は、団蔵が演じるとして、当時、塩冶判官をさせたら並ぶものがないと言われていた紀の国屋沢村宗十郎が病の床に臥せっていたから、誰にするかで皆、頭を抱えていました。演題を変えようかという話も出たのですが、団蔵の一声で、宗十郎の弟子の淀五郎に白羽の矢がたちます。
これは、はっきり言って、大抜擢です。今で言うところのシンデレラボーイですが、さすがに淀五郎も緊張して震えながら演じます。松の廊下の刃傷を無事終えて、いよいよ、切腹の場面。
ここは、判官が黒紋付の上下を脱ぎ、覚悟の装束。短刀を腹につきたて、苦しい息の下、由良之助を待ちます。そこへ花道より由良之助が駆けつけ、主君の前で平伏し、最後をみとどけ、仇討ちを誓うという前半最大の見せ場でございます。
ところが、淀五郎の演技は、若手として大目に見れば上出来なのですが、芸に厳しい団蔵にしてみれば、はっきり言って「なっちゃいない」
団蔵演じる由良之助は、パタパタと花道を駆けてきたものの、花道の途中でぱたっと平伏したまんま、一向に判官の方に近づこうとしません。淀五郎がしきりと「由良之助、待ちかねた、近う近う」と呼んでも、花道に座ったまんま、「委細承知つかまつってござる」と動こうとしません。
初日が終わり、淀五郎が団蔵に挨拶に行くと、団蔵は淀五郎をしかりつけます。
「なんだい、あの演技は。ひどいね。あんな腹の切り方があるかい」
「どういうふうに切りましたらよろしいのでしょうか」
「そうだねぇ。本当に切ってもらおうかね。下手な役者は死んでもらった方が、相手の役者が助かるよ」
ひどい言われようですが、なにしろ相手は格が違う。淀五郎も自分の未熟は分かっているので、家に帰って、あれか、これかと工夫して二日目に挑みますが、やっぱり花道の途中で座ったまんま、団蔵は舞台の方にやってきません。
2日続けて恥をかかされた淀五郎は、若いだけに思いつめます。よし、こうなったら、明日、本当に腹を切ってやろう。その代り、あの皮肉な団蔵も生かしちゃおかねぇ。
そう覚悟を決めると、淀五郎は、世話になった人に暇乞いをしようと、舞鶴屋中村仲蔵のところを訪れます。事情を察した仲蔵は、淀五郎に稽古をつけてやります。
翌日、見違えるばかりに上達した淀五郎の演技に感服した団蔵は、見せ場の切腹の場面、淀五郎演じる判官が苦しい息の下、由良之助を呼ぶ声に応じて、これぞ名人というにふさわしい演技で傍に駆けつけます。淀五郎演じる判官は、駆けつけた由良之助に、
「おぉ待ちかねた」
三日目で傍に来たわけですから、本当に待ちかねました。