な の段


中村秀鶴

 (なかむらしゅうかく) 別名:淀五郎

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夏どろ

 (なつどろ) 別名:「打飼盗人」「置きどろ」
 間抜落
 出典:古典落語 (講談社)

 落語にはアウトローな存在がしばしば登場します。中でも泥棒は、落語家の好む登場人物の一人のようです。とは言うものの、落語の中で登場する泥棒は、怪盗とはほど遠いのですけれども……。

 夜も遅く泥棒が長屋に忍び込みました。貧乏長屋のことでございます。盗む物などございません。しけてやんなと思いながら物色していると、

「熊さんかい?」
「寝ぼけてやがるな。やい、金を出せ」
「はぁ、熊さんじゃない。そうするとどなただい?」
「何言ってやがる。言わなくても分かるだろ」
「分からないよ」
「夜中に知らない人といえば、泥棒に決まっているじゃないか」
「なんだ、泥棒か。それなら安心だ」
「なにが安心だ。いいから有り金全部出しな」
「ないよ」
「なに?」
「だからないんだって。夕べ博打で全部すってしまった」
「馬鹿なことしてんなぁ。だいたい、博打なんてのは胴元が得するようにできてんだ。一攫千金なんて夢見てないで、地道に働け」
「なんでい、泥棒に説教されたかないや。それはそうと、ここであったのも何かの縁だ。300円貸してくれないか」
「おいおい、なんで俺が金を貸さなきゃならないんだい」
「いいじゃないか。ねぇ、こちとらもう3日も何も食ってないんだ。貸しとくれよ。ふーん、貸してくれないんだ。じゃあいいよ。さぁ、殺せ。今すぐ殺せ。こんなひもじい思いをするくらいなら、死んだ方がましだ」
「そんな大きな声だすな。みんな起きちまうじゃないか。分かったよ、貸すよ、貸しますよ。ほら、300円だ。これでうどんでもソバでも食いな」
「えへへ、ありがたいね。ついでに悪いんだけど、もう50円貸してくれよ。そうしたらコロッケも食べられるから」
「馬鹿言ってんじゃないよ。なんで俺がお前のコロッケまで……。分かった、分かったから大きな声出すなって。今小銭がないんだ。1000円渡すからさっきの300円返してくれよ」
「ありがたいね。ものは相談してみるもんだ」
「もういいだろ。それじゃあ俺は帰るから。まったく、俺は何をやってんだ。盗みに入って金渡してたら世話ないや。やっぱり、俺には泥棒は向いてないのかなぁ」
「泥棒さん、泥棒さん」
「うわ、追いかけてくるよ。こん畜生。何か恨みでもあるのか。お金までやったじゃないか。この間抜け。泥棒なんて言うんじゃない」
「だって、お礼を言おうと思ったんだけど、お前さんの名前が分からないから」


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七度狐

 (ななたびぎつね) 別名:「庵寺」「七度狐(しちどきつね)」
 間抜落
 出典:古典落語 (講談社)

 行き大名の帰り乞食と申しまして、若いときの旅というのは、どうしても出花は景気いいが、帰りがけになりますと、

「兄貴、後いくらある?」
「1200円。お前は?」
「850円」
「次の駅まで歩いていこうか」

 なんて、はなはだ心許ないことになります。

 そんな二人が、田舎道を歩いていますと、大川に出くわします。辺りには船着き場はありません。もっとも、船着き場があっても懐寂しい二人では、もちろん船になんか乗ることはできませんけれど。

 ともあれ、渡らないことにはどうしようもありません。相談した二人は、石を投げ込んで浅ければ歩いて渡ろうというにしました。

「兄貴、なんか、ガサガサ言ってますぜ」
「ああ、そうすると下は麦畑か何かだな。洪水でドッと畑に水が入り、土地が低いから水が引かないんだろ。それじゃあ大して深くないだろうから、歩いて渡ろう」

 早速裸になって丸めた着物を頭の上に結わえ、川を渡っておりますと、

「ちょっと、お前さん方、昼間っから真っ裸で、畑の中でなにをやってなさるか。川を渡ってる? ははぁ〜ん、どうやらお前さん方、狐にだまされたな。気をつけなせぇ、この辺りに住んでいる狐は、一度化かしたら七度化かすちゅうぐらいタチが悪いで」

 何のことはない、狐の遊びに付き合わされたわけで、こんな日は早く宿屋で休む方がいいと、先を急いでおりますと、道に迷ったらしく、行けども行けども森の中。そろそろ日も落ちる時間となり困っていると、先の方に灯りが見えます。助かったと思い、灯りの方に進んでいくと、一軒の人家。中から出てきたのが、色の白い、ほっそりした年の頃、27、8の美人。わけを話し、その夜は泊めてもらうことになります。

 こんな人里離れたところで女性の独り暮らしだとさぞかし寂しいでしょう、とたずねると、元々は村で夫と二人暮らしていたのだが、数年前に夫が流行り病で亡くなり、それ以来、人里離れたこの家で暮らしていると女は言います。別に夫が亡くなったからといって、こんな寂しいところで暮らさなくてもいいだろうに。こう言っちゃなんだが、美人だし、もらいてはいくらでもあるだろうと言うと、実は……と女が事情を話し出しました。

 生前から嫉妬深かった夫は、亡くなってからも枕もとに立ち、村のものが気味悪がるので、こうして一人で暮らしているんです。夜九つの鐘が鳴ると、青白い顔をした夫が、すーっと現れ……。

 肝をつぶした二人が抱き合って震え上がっていると、

「ちょっと、お前さん方、そんなところで抱き合って何をやってなさるか。また化かされたな。本当にたちの悪い狐だ。気をつけなせぇ」

 またつままれたことを知った二人は、もうかんかん。そこへ、ひょこっと狐が姿をあらわした。このやろ、待てってな具合で二人が追いかけると、狐は慌てて藪の中に逃げ込もうとします。逃がしてなるものかと、二人は飛びつき、狐の尻尾を捕まえます。狐はたまったものじゃありません。必死で藪の中に引きずり込もうとします。互いに力をこめて引っ張り合っていますと、スポンと狐の尻尾が抜けた。

「お前さん方、その大根はオラの畑のもんだで、勝手に持っていかれちゃ困るよ」


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成田小僧

 (なりたこぞう)
 地口落
 出典:古典落語 (講談社)

 この噺は、少しおませな小僧さんが、男女の仲を取り持つというお噺です。

 ただ、基本的なプロットは同じでも、この噺はずいぶんバリエーションが豊富なようです。

 大きく分けて、

  1. 小僧さんが、若旦那と芸者の仲を取り持ったものの、その後、若旦那が別の芸者と駆け落ちをしてしまうパターン
  2. 若旦那が、小僧さんに意中の人との仲を取り持つようお願いしたものの、調子に乗った小僧さんが羽目を外してしまうパターン
  3. 奥手な若旦那を小僧さんがけしかけて、めでたく結婚までこぎ着けるパターン

 一番落語的なのは(2)なのでしょうが、このパターンは概ね夢落ちにして、「悪い夢は五臓(小僧)の疲れ」とするようで、落ちとしてはやや弱いようです。ちなみに、(1)のパターンでは、気落ちした芸者が身投げするのを止められて「死んで貞女の鏡をたてたい」「なるほど、さすがもと鏡台屋」と地口と仕込を兼ねたもの、(3)は落ちなしになることが多いようです。


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二軒雪隠

 (にけんせっちん) 別名:開帳

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抜け雀

 (ぬけすずめ) 別名:「雀旅籠」
 ぶっつけ落
 出典:古典落語 (講談社)

 ふらりと旅籠に入ってきた男。見た目にも一文無し風なので、店の者としてもハラハラしていたのですが、案の定、5日たち、6日たちしても、男はいっこうに支払う気配がありません。たまりかねた店の主人が、そろそろ一度精算を……と声をかけると、男はケロッとした顔をして、「ない」と言います。

 「ない」と言われて、「はいそうですか」と答えていたのでは、店はやっていけません。主人が「そこをなんとか」と食い下がると、男は、筆を所望します。

 不審に思いつつ、主人が筆を渡すと、男はふすまに見事な雀を描きます。それはまるで生きているかのようで、今にもふすまから抜け出してきそうなほど、生き生きとしています。

 描き終わった男は、

「すまぬが、今は一文無し。この絵を譲るが、いいか、ご主人。この絵を欲しいという者が現れても、決して売ってはならない」

と主人に言います。

 店の主人も心得たもの。男の描いた雀の見事さに感服し、なにも言わずに男を送り出しました。

 しばらくして、男の描いた雀がふすまから抜け出し、チーチーとさえずるという噂が広まり、その雀見たさで訪れる客も現れ、旅籠はたいそう繁盛します。

 さらにしばらくして、白髪の老人が旅籠を訪れ、ふすまの雀を見るなり、不憫だ、このままだと雀は死んでしまうと主人に言います。どういうことかと主人が問いただすと、老人は、

「なるほど確かに雀は見事に描けている。しかし、このままでは雀が体を休めるところがない」

 老人は、主人から筆を借りて籠を描き、「これで、雀の休むところができた」と主人に言います。

 その後も雀の評判は全国に伝わり、旅籠を訪れる客が後を絶たず、店はいつしか「雀旅籠」と呼ばれるまでになりました。

 数年後、再び旅籠を訪れた男に、店の主人は感謝の言葉をかけつつ、老人の話をします。男はその話を聞いて、ニコリと笑い、その老人は私の父親だとうち明けます。店の主人は、「こんなに立派な絵を描く息子を持って、お父様もさぞかしご満足でしょう」と男に言います。すると男は、

「いやいや、この歳になっても、まだ親に籠をかかせている」


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盗人のあいさつ

 (ぬすっとのあいさつ) 別名:締め込み

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盗人の仲裁

 (ぬすっとのちゅうさい) 別名:締め込み

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のめる

 (のめる) 別名:「二人癖」
 間抜落
 出典:古典落語 (講談社)

 なくて七癖、あって四十八癖なんて申しまして、人間は何らかの癖を持っているものです。

 中でも「話すこと」にはたくさんの癖があるようで、畳のけばをむしらないと話せない人、頭をかかないと話せない人、十人よれば十人ながら、みなあるようです。これに口癖を加えれば、とても40や50でおさまらないといった具合です。

 さて、熊さんは気のいい人なのですが、ただ一つ、言葉の端々に「つまらない」という癖があります。たいしたことない癖なのですが、ただ聞いてる方としては、あまりいい気持ちではありません。

 一方、民さんは「のめる」と何かにつけて言う癖があります。こちらもたいしたことない癖なのですが、体が「つんのめって」倒れれば行き倒れ、身代がのめれば身代限り。こちらも時と場所によっては、げんのいい言葉ではありません。

 この二人がお互いの口癖をネタに賭をします。

 とは言うものの、民さんの口癖は「のめる」 それでもって民さんはお酒が大好き。この勝負、明らかに民さんの方が分が悪い。何度やってもつい熊さんにのせられて「のめる」と言ってしまいます。

 そんなある日、熊さんがいつものようにまたからかってやれと民さんの家をのぞくと、なにやら難しそうな顔をして民さんが将棋盤をのぞき込んでいる。

「なにやっていやがるんだ……。あぁ詰め将棋か。俺にやらせて見ろよ。持ち駒は、歩が三枚、桂香金銀三枚。うーん、難しいな。これは誰が考えたんだい。所沢の藤吉さんか。藤吉さんの詰め将棋なら面白いな。待ちなよ。えーっと、ここをこうして……」
「詰まるか? 詰まるか?」
「ちょっと待てって。ここをこうすると、こうなるから……」
「詰まるか? 詰まるか?」
「うるさいなぁ。こういうのはゆっくり考えるから面白いんだよ。だから、ここに金を打てば……だめだ、詰まらねぇ」
「やったー、言ったー! 今、おめぇ『つまらない』って言ったよな。さぁ、賭の50円出せ。今すぐ出せ。出さなきゃ、お巡りさん呼んでくるぞ」
「出すよ。50円くらい。それにしても、おめぇにしてはうまくやったな。賭は50円だが、特別に100円やるよ。今度からは100円の賭にしよう」
「えっ、本当に? 100円ももらえるの。やったー、いつもの2倍飲める」
「おっと、今『飲める』と言ったな、さっきの100円返してもらうよ」


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とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 2001/01/03 $