今は昔、あるところに若夫婦がおりました。まだ新婚ほやほやでございます。お互い何をしても楽しい。毎日毎日、たわいないことでいちゃいちゃしておりました。
そんなある日、新妻がこんなことを言い出しました。
「あなた、二人の間で隠しっこなしですよ。お正月、初夢見たら、お話ししてね」
勿論、可愛い妻の言うことです。夫に異論あろうはずありません。いいよ、いいよってな具合で、あいかわらずいちゃいちゃしておりました。
その夜のことです。
「あなた、あなた、起きて、起きてくださいな」
「なんだい、何かあったのかい」
「ううん、そうじゃないんだけど……。あなた、今、夢見ていたでしょ」
「夢? いや、見てないけど」
「嘘。見てましたよ。何か楽しそうに笑ってましたもん」
「そんなこと言われても、見てないよ」
「いいえ、見てました」
こんな事で喧嘩になるわけですから、もう勝手にしてと言いたいところですが、ちょうどそこへ鞍馬山の天狗様が通りかかり、よせばいいのに夫婦喧嘩の仲裁役を買って出ました。
見てないものは見てないし、見たとしても覚えていないものは話せないとの夫の申し分も、もっとも。一方、妻の方には夫の顔がにやけていたという確たる証拠があります。
困った天狗様は一計を案じて、夫に団扇を渡して言うには、この団扇で一扇ぎすれば宙に浮くことができる。これを使って、鞍馬の大天狗のところに行き、夢を思い出させてもらえ。
夫も別に夢のことを隠したいわけではないので、天狗に借りた団扇を早速扇ぐと、体は天高く舞い上がり、再び扇ぐとびゅーっとものすごい勢いで箱根まで飛んでいきます。
夫は面白がって一時の空中遊泳を楽しんでおりましたが、何しろ初心者のことです。伊勢湾の上空にさしかかったとき、ちょっとした拍子にバランスを崩し、あっという間に真っ逆さま。どしんと落ちたところが、船の中です。
船の中には6人の老人と1人の若い女性が乗っています。どうやら宝船の上に落っこちたようで、最初こそお互いに驚いたものの、すぐにうち解け、飲めや唄えのどんちゃん騒ぎになります。もうこれ以上は飲めないなんて言っていると、
「あなた、あなた、起きて、起きてくださいな」
「あれ、夢だったのか」
「夢を見たのね! どんな夢だったの」
「うん、あのね……」
そういいながら、夫は妻のつけてくれたタバコを吸いながら、今見た夢の話を妻に聞かせました。
「まぁ、それじゃあ七福様の宝船に乗ったのね。お正月から縁起いいね。それで七福様は全員そろっていたのね」
「うん。恵比寿様、大黒様、布袋様、福録様、毘沙門様、弁天様がいたよ」
「あら、一福足りないよ」
「あぁ、それはお前がタバコを付けてくれたから、一服のんでしまった」
熊五郎さんが、若旦那に吉原へ連れて行ってもらえることになりました。熊さんとしては、大変嬉しいわけです。
しかし、と若旦那は言います。
「連れて行ってやるけど、その格好じゃあな。せめて羽織くらいは着て来いよ」
熊さん、家に飛んで帰って、たんすの奥からガサゴソと羽織を引き出そうとします。そこへ、おかみさんが帰ってきた。
「あんた、何やってんだい」
「なに、ちょっと羽織をね」
「羽織? 羽織なんてどうすんだい」
ここで吉原に行くなんて答えた日には、どうなるか火を見るより明らかです。そこで、熊さんは、
「あー、葬式だ」
としらを切ります。
しかし、おかみさんは、熊さんが嘘をつくときに視線をそらす癖を知っています。ははぁ〜ん、なにか悪いことを考えているなとピンときたおかみさんは、さらに問いつめます。
「誰が死んだんだい」
「えっと、小間物屋」
「いつ?」
「今朝」
「ふーん、おかしいね。今、家の前を荷物担いで歩いているのは誰なんだろうね」
「その、小間物屋のお袋で……」
「今、二階で仕事してもらってるよ」
「そのお袋の義理の妹の旦那の弟の……」
「なに馬鹿なこと言ってるの。正直におっしゃい。誰が死んだの!」
「えへ。そのうち誰か死にましょう」
お殿様が骨董の趣味を始められました。このお殿様、少し変わった方でございまして、骨董と言っても河童の瓢箪だの、天狗の下駄だのと、かなり眉唾な品々をお集めになられておりました。
それを聞きつけた吉武衛さん。お殿様のところに行き、「初音の鼓」なるものをお殿様に売りつけようとします。
「この初音の鼓。その昔、唐の国の九尾の狐が取り憑いたよし。鼓を打てば、その音を聞いた者に狐が乗り移り、コンと鳴くという曰く付きでございます」
などと、したり顔で申しまして、お殿様が鼓を叩くと、吉武衛さんはコンと鳴き、中元の三太夫さんにも一鳴き一両でコンと鳴かせます。
面白がったお殿様は、百両でその鼓を買おうと言い出します。
しめしめ、うまくいったと思った吉武衛さんに、お殿様が、
「買う前に、一度、お前が鼓を打ってくれないか」
と言います。これには吉武衛さんも困った。まさか、この鼓がたんなる鼓だと言い出すわけにもいかず、しぶしぶ吉武衛さんが鼓を打つと、お殿様が、「コン」と鳴きます。驚いたのは吉武衛さん。しかし、お殿様は素知らぬ顔をして、吉武衛さん何度も鼓を打たせます。吉武衛さんが鼓を打つたびに、お殿様は「コン、コン」と鳴きます。
ようやく納得したお殿様は鼓を受け取り、お代として1両、吉武衛さんに渡します。
「お殿様、お約束は百両だったはずです」
と吉武衛さんが言うと、お殿様は、
「うむ。確かに百両。そこから予と三太夫が鳴いた分を差し引いた」
お相撲さんです。
僕にはどうも理解できないことの一つに、
なぜに相撲が国技なのか!
というものがあります。柔道とか空手で手を打っておけば良かったのに……。明らかに喧嘩を売っている発言になりますけれど。
ともあれ、関取が地方巡業も兼ねての修行から3ヶ月ぶりに帰ってきました。おかみさんとしては大変嬉しいわけです。かいがいしく関取の身の回りの世話をし、日夜を問わず、関取の側にべったりです。
そこまではいい。
問題は、谷町や近所の人が来るたびに、
「それはもう関取は体も一回り大きくなって、力強くなりましたよ。次の場所では必ず横綱に……」
等々、関取をやたらと誉めまくることです。
もちろん、おかみさんにしてみれば、大好きな夫が立派になって帰ってきたのですから、嬉しくて嬉しくて仕方ないのでしょうけれど、関取としては、ちょっと困った問題だなと思い始めました。そこで関取はおかみさんに、
「いいかい、お前。身内のものを自慢するのは、なるべく控えなければいけません。ましてや妻が自分の夫を自慢するのは、あまり感心なことではない。お前が俺のことを誉めてくれるのは嬉しいが、よそ様に対しては、話半分にしておきなさい」
おかみさんは、しゅんとしたものの、関取のいうことももっともだと思い直し、これからはあまり誉めまくるのはよそうと思いました。
そこへ近所の熊さんがやって来ました。
「おかみさん、聞きましたよ。関取が立派になって帰ってきたんだって。嬉しいじゃないか。来場所は横綱昇進間違いなしだって聞いたよ」
「そんなことありませんよ。修行に行ってたっていったって、ホントはどこで何をしていたか分かったもんじゃ……。この分じゃ、次の場所、星を取れるかどうかすら怪しいもので」
「えぇ? でも、六の話じゃ、体なんかふたまわりも大きくなったって言ってたぜ」
「ダメですよ、六さんの言うことなんか真に受けちゃ。体、大きくなったって言ったって、半分は垢ですから」
金は天下の回りもの。そうは言っても、ないときはないわけです。
普段、金は天下の〜なんて言って、あちこちから借りてきたつけがとうとう回ってきた熊さんは、いやがる八さんを明日の朝に迎えに行くからと何とか説得し、俵の中に押し込んで、近江屋さんのところに行きます。熊さん曰く、「金はどうしても工面できなかった。代わりと言っちゃなんだが、この通り俵を持ってきたから、これで」
なんともひどい話ですが、熊さんは中に何が入っているか一言も言ってません。近江屋さんとしても、イヤな顔をしつつ、熊の野郎に貸した金は1両5分。この芋を売れば3両は堅い。しめしめと腹の中で皮算用をしているわけですから、どっちもどっちです。
その夜。
近江屋さんに盗人団が忍び込みました。家人が寝静まる中、蔵に潜入した盗人団は、蔵の中にうずたかく積まれた芋俵を運び出します。
その中の一つが、まさに八さんの俵。
泥棒としても、やけに重い俵だと思いつつ、とにかく運び出してしまえと大汗かきながら俵を担ぎます。
藁にくるまれてウトウトしていた八さんは、そんな事態になっているとはつゆ知らず、なにやら地面がぐらぐらするので、もう熊さんが迎えに来てくれたのかと思い、思わずブッとおならをしてしまいます。
それを聞いた泥棒の親分、
「誰だ、つまみ食いしてるのは」
お芝居の噺でございます。
昔は娯楽が少なかったものですから、お芝居は観る方はもちろんのこと、演じるのも娯楽として親しまれていました。今でこそ、普通の人が劇に出ると言えば、学芸会くらいなのでしょうけれど、当時はことあるごとに長屋の好きな連中が集まって、素人芝居を披露していたのだそうです。
さて、武助さんも、そんなお芝居好きの一人です。しかも今で言うところの小劇団のようなものに入るほどの熱の入れようです。ただ、武助さんはかわいそうなことに、顔に大きな痣があります。そのため、お芝居に出演するといっても、いつもかぶり物ばかりです。それでも、根っからのお芝居好きなので、腐ることもなく、猪の役や、忍法帳のお化け蛙の役など、にこにこしながら演じていました。
そんな武助さんの人柄もあって、お客さんの評判は、そこそこいいものでした。そんなある日のことです。
その日の武助さんの役回りは、馬の後ろ足。言ってみれば端役も端役の役どころなのですが、それでも武助さんは一生懸命演じます。そんな武助さんに、客席から
「よっ! 武助馬!」
と声がかかったから、武助さんはサービス精神を発揮して、思わず
「ひひ〜ん」
といななきました。
繰り返しますが、武助さんは、「後ろ足」役です。後ろ足がいなないたものですから、お客さんは大爆笑。お芝居そのものは大失敗です。
芝居が終わり、座長の呼び出しを受けて、武助さんはしょんぼりしながら座長の部屋に向かいます。
ところが、てっきり叱られるものと思っていた武助さんの予想に反して、座長は、誰もがいやがるかぶり物を、本当によくやってくれていると、日頃の労をねぎらい、演技指導を始めます。武助さんは感じ入って、これからもかぶり物の芸を磨こうと密かに決意します。
ところで……と一通り稽古を付けた座長が、武助さんにたずねました。
「どうして、お前さんは、後ろ足なのに、いなないたりしたんだい」
武助さん、答えて曰く、
「へぇ、前足の太助さんが屁をこいたもんですから」
あるところに、それは美しい未亡人がおりました。年の頃は27、8。当時は年増と呼ばれる年齢なのですが、個人的には女性は30歳になってからと感じる人間なので、僕としては全然OKな年齢です。もっとも、僕がOKだろうが、どうだろうが関係ないのですけれど。
ともあれ。
たいへん美人だったので、色々と縁談はあるわけですが、そんな中、彼女のハートを射止めたのが吉さんです。しかも、アタックしたのは彼女の方。吉さんとしては、二つ返事で承諾するわけです。
これを知った長屋の連中は面白くない。なんとかこの縁談をぶちこわしてしまえと、やな相談をして、前の夫に似た者を幽霊に仕立て上げ、夜中に吉さんの天井からヒモでつるして吉さんを驚かせようとします。
さすがに吉さん驚いたものの、愛する女性のため、幽霊なんぞに負けてなるものかと逆に啖呵を切ります。
「おいおい、可愛い女房を残して勝手におっちんじまって、化けて出てくるとはふてえやろうだ。こちとら女一人で苦労するだろうと心配して結婚するんだ。感謝されるならともかく、恨まれるおぼえはねぇ!」
吉さんの勢いにすっかり平謝り状態の幽霊。そんな幽霊に吉さんは
「わかったら、宙に浮いてないで成仏しろ」
幽霊はもじもじして
「へぇ、宙につるされているものですから……」
僕のようにちゃらんぽらんで、面白そうと思うとたいていのことに手を出し、しばらくすると飽きてしまう人間もどうかと思うのですが、凝り性というのも、少々手に負えないものです。なかでも、宗教に凝ると、ちょっと大変なことになるわけでして……。
「まいったよ、おい。おわい屋と声がかかったから、喜んで駆けつけたら、いきなり俺っちの宗旨はなんだと聞きやがる。おわい屋に宗旨もなにもあるかってんだい」
「あぁ、あの法華長屋に行ったな。そりゃあ災難だったな。ただ、災難だとばかりは言ってられない。おい、留、お前ちょっと行ってくれないか」
「やだよ。だってさぁ、俺も一度行ったことあるんだよ。その時は塩ぶっかけられた。ナメクジか何かと勘違いしてやがる。俺は嫌だよ」
「面が割れてちゃいけないな。まだ、あの長屋に行ったことないやつはいないか……。そうだ、八、お前まだ行ったことないだろ」
「ないよ」
「ちょっと行ってくれないか」
「行ってもいいけど……。俺も塩かけられるのはやだよ」
「大丈夫。あそこは法華経信者だと言えば、酒でもなんでもご馳走してくれるんだから」
「えっ、お酒が飲めるの? 行きます。行かせてください」
「行ってくれるか。じゃあ頼んだよ。いいかい。間違っても法華経以外の宗教の話をしちゃいけないよ」
なんて事を言われて、八さんが法華長屋の大家の所に行きます。案の定、宗旨は何かと尋ねられ、法華経だと答えると、大家が喜んで酒を飲め、肴も食べろと大盤振る舞いをしてくれます。八さん、大喜びでたらふく酒を飲みます。いい心持ちになって、さぁ、いよいよ肥を汲み、持ち帰ろうとしたところ、酔っていたせいで足もとがふらつき、思わず
「南無阿弥陀仏」
と言ってしまいます。それを聞いた大家が恐い顔をして、
「お前、法華経だと言って嘘をついただろう」
「嘘なんか言ってやせん」
「なに言ってる。今、お前は南無阿弥陀仏と言ったではないか」
「あぁ、それですかい。なに、こういう汚い仕事は他の宗旨にやらせるに限る」
人のことは言えませんが、そそっかしい人というのは、傍目から見ていて、信じられないようなことをしでかすものです。
落語では、そそっかしい人というのはお得意さまでございまして、このお噺もそそっかしい人物が登場いたします。
どのぐらいそそっかしいかというと、靴を片方他人の物を履いてしまい、どうも片足が長くなったような気がすると感じたり、子供と出かけたはいいが、途中で他人の子供と間違えてしまったり等々、いかにも落語らしい荒唐無稽な失敗をしでかします。
落ちは、子供を銭湯に連れて行って、背中を流してやりながら、
「お前も随分大きくなったなぁ。つい昨日まで、子供だ、子供だと思っていたが、こんなに背中も広くなって……。父ちゃんは本当に嬉しいよ。覚えているか。お前が夜中に熱だして、ウンウンうなっているときに、父ちゃんは医者を呼びに行ったんだよ。そしたら、医者の野郎、来るなり難しい顔をしやがる。ダメなら、ダメと言ってくれ、こちらも覚悟するからと言うと、医者の野郎、『いや、わたくしは獣医ですから、お子さんの様態についてはなんとも……』 それにしても、おめぇ、本当に背中が広くなったな。いやにザラザラしているが、仕事が大変なのか。困ったことがあるなら、父ちゃんに言えよ。金のこと以外なら、相談に乗ってやるから」
「父ちゃん、さっきから風呂屋の戸板に向かって、なにブツブツ言ってんだい?」
食事の作法というのは難しいものでございます。他人の目を気にせずに、おいしく頂けばそれでいいんじゃないかなんて思わなくもないのですが、おつきあいなんかでかしこまった場だと、そういうわけにもいきません。
さて、熊さん、八さん、それに留さんが、長者さんにお呼ばれされました。なんでも、長者の息子が結婚するので、そのお祝いにとのことです。
婚礼の場なら、それぞれ何度か経験があるものの、今回は長者さんです。長屋の連中の時のように、わーっと大騒ぎすればいいなんてわけにはまいりません。お膳一つとっても、色々とマナーってのがあるわなぁと三人は相談するものの、所詮は熊、八、留のおちゃらけ三人組。何をどうすればいいのか見当もつきません。こういうときはご隠居に相談しようということになり、ご隠居さんの家に押し掛けます。「そんなことだから、お前たちは……」と憎まれ口を叩きつつも、ご隠居さんはマナーを教えるのですが、三人はいっこうに覚えられません。そこで一計を案じたご隠居さんは、自分も一緒に行くから、とにかく自分のするようにしなさいと三人に言います。
婚礼の席で。
とにもかくにもご隠居さんの物真似をして、挨拶、祝辞をつつがなくこなしてきた熊、八、留の三人組。いよいよ残るは食事です。
さすがに長者さんの食事。お椀なんかも漆塗りの立派なものです。運ばれてきた料理も普段三人が口にしたこともないようなものばかり。どうやって食べればいいのか、そもそも何から手をつけていいのかさっぱり分かりません。ご隠居さんを見ると、まずお吸い物のふたを開けにおいを嗅いでいます。三人も同じようにふたを取り、においを嗅いで一口すすります。そのおいしいこと。八さんなんか、思わず一口で飲み干し、お代わりを求める始末。 ともあれ、食事は進み、ご隠居さんが里芋に手をつけました。
その時です。
里芋は、ご隠居さんの箸から滑り落ち、ころりと畳の上に転がりました。
それを見ていた三人組、同じように里芋を畳の上に転がします。
ばつが悪くなったご隠居さんが咳払いをすると、三人も揃って咳払い。
たまらずご隠居さんが、横にいた熊さんの脇腹をつつくと、熊さんは隣の八さんをつつき、八さんは留さんをつつきます。一番端にいた留さんも同じように隣をつつこうとして、重大な問題に気付き、しげしげと自分のこぶしを見つめながら、
「ご隠居さん、このゲンコはどうすれば?」