た の段


大仏餅

 (だいぶつもち)
 途端落
 出典:落語百選 冬 (ちくま文庫)

 奈良の大仏の傍らに鐘撞堂がありまして、そこで「大仏餅」というものを売り出していました。名物にうまいものなしとはよく言ったもので、おいしくはなかったのですが、名物は名物で、それなりに繁盛していたのだそうで、この大仏餅が江戸に出てきて、浅草の観音詣でをした人に土産として売れたのだそうです。

 この噺は、その大仏餅を盲乞食が食べ、喉に詰まらせた拍子に、目が見えるようになったというもの。その代わり、鼻声になってしまいます。

 落ちは、それを見ていた人が、

「食べたものが大仏餅。目から鼻へ抜けた」


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高倉狐

 (たかくらきつね) 別名:王子の狐

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駄染高尾

 (だそめたかお) 別名:紺屋高尾」「かめのぞき」

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垂乳根

 (たらちね) 別名:「垂乳女」
 地口落
 出典:落語百選 春 (ちくま文庫)

 昔から、「ひとり口は食えないが、ふたり口は食える」と申しまして、独身でお金がないと言っても、結婚したら、案外何とかなるのだそうです。頭では分かっているのですが、そうは言っても、なかなか踏ん切りがつかないものでして、僕自身、周囲からそろそろという声を聞きつつ、伸ばし伸ばしになっているわけで……。

 個人的な話はともかくとして。

 長屋に八五郎という人がおりまして、この人は、貧乏ながらも、真面目に働くし、人当たりもそこそこいい。さっさと身を固めさせようと、大家さんが、女性を紹介します。八五郎の方も悪い気はしない。トントン拍子に話が進み、八五郎は結婚します。

 お嫁さんは、22歳と当時にしては年をとっているものの、働き者で、器量もいい。ただ、1点、武家屋敷への奉公が長かったためか、言葉遣いがやたらと丁寧なところがありました。

 新婚の朝。

「わが君、わが君」
「はいはい、もう起きちまったんですかい。何か用ですか」
「白米(しらげ)のありかはいずれなるや?」
「冗談言っちゃいけない。あっしは今まで独り者でも、シラミなんかにたかられたことはない」
「人食む虫にあらず。米(よね)のこと」
「ヨネ? あぁ、あの子は俺の幼なじみだ」
「人名にあらず。自らがたずねる白米(しらげ)とは、俗に申す米のこと」
「米なら、米と言っておくれ。それなら、そのミカン箱が米びつだから、そこに入ってる」

 通りを八百屋がネギをかついで通りかかると、
「これこれ、そこの門前に市をなす男」
「は? あっしのことで?」
「その方が携えたる鮮荷のうち一文字草、値何銭文なりや」
「人文字草? なんですそれ。あぁ、ネギのことですか。32文で……」
「23文とや。召すや召さぬや、わが君に伺うあいだ、門の外に控えていや」
「おいおい、冗談じゃないよ。朝から八百屋なんかを冷やしちゃしょうがねぇ。32文なら、そこに小銭があるから、払っておやんなさい」

 一事が万事、こんな具合で……。

 落ちは、奥さんの丁寧な言葉をからかって、
「食事をとるのが恐惶謹言なら、酒を飲んだら、依(酔)って件の如しか」


【注】
 「恐惶謹言」は恐れかしこみ、慎んで申し上げるという意味の手紙の末尾に記す挨拶文で、「依而如件」は書面の末尾に記す文。近年では、どちらも使わなくなったので、この噺の落ちが分かりにくくなってしまいました。

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垂乳女

 (たらちめ) 別名:垂乳根

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茶の湯

 (ちゃのゆ)
 途端落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 蔵前のある名家の旦那が、稼業を息子に譲り、自分は根岸の里に隠居をすることにしました。

 この旦那さん、若い頃から働き者で通っており、遊びというものをご存じない。暇をもてあましていたところ、ちょっとお茶でも始めてみようと思い立ちました。

 お茶を始めるといっても、右も左も分からないわけで、とりあえず青黄粉に椋の皮を煮立てて、なんとなく緑色で泡立っているものを作ってみます。口受けには何がいいだろうと考えたあげく、甘藷をふかしたものを団子にして、黒砂糖と蜜をまぶしたものを考え出します。

 この特製のお茶と団子で、近所の者を呼んでお茶会を開くわけですが、呼ばれた者も、まさか名家の旦那さんが茶の湯の素人だとは思わないわけで、目を白黒させつつ、結構な点前でとかなんとか口を濁すことになります。旦那さんにしてみれば、そんなみんなの様子が面白くて仕方ありません。毎日のようにお茶会を開きます。

 そんなある日、昔からのお客が根岸に訪ねてきます。旦那は、さっそくお茶を点て、もてなします。それなりに心得のある客は、一口お茶を含んでびっくり。吐き出すわけにもいかず、慌てて目の前にある団子を二つほどほおばったが、こちらもとても食べられたものではありません。縁側に飛び出して、菓子を捨てようとしたが、一面の敷き松葉。掃除が行き届いていて塵一つ落ちていません。前を見ると、建仁寺の垣根ごしに菜畑が広がっています。ここなら捨てても分かるまいと、菓子包みを放り投げたところ、ちょうど畑仕事をしていた百姓に命中。百姓はにやっと笑って、

「また、茶の湯をやってんな」


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銚子の代わり目

 (ちょうしのかわりめ) 別名:代り目

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出来心

 (できごころ) 別名:「花色木綿」
 仕込落
 出典:落語百選 夏 (ちくま文庫)

 落語の世界では、あんまり成功した泥棒というのはおりません。たいていやりそこなうようで……。

 この噺にでてくる泥棒さんも、例にもれず、失敗ばかりしております。ある日とうとう親分に呼ばれて、お前はどうもこの稼業にむいていないから、足を洗って堅気になれと言われます。しかし、根っからの泥棒好きなものですから、空き巣ぐらいなら、自分にもできるんじゃないかと親分に頼み込みます。

 親分は、仕方ないなぁと思いつつ、空き巣のコツを男に教えます。まず、留守かどうか門のところで声をかけて確かめる。もし返事があれば、道を尋ねる振りをして逃げ出せ。返事がなかったら、留守だろうから忍び込め。盗んでいる途中に住人が表口から帰ってきたら、裏口から逃げ出す。裏口から帰ってきたら表口へ。万が一捕まったら、貧乏でつい出来心が起きてしまってと泣き落とせなどなど。

 ところが、空き巣ならと簡単に出かけたものの、なかなかうまくいきません。留守だと思って入ったら、トイレにいたり、二階で寝ていたり、ようやく誰もいないと思って入ったところは、空き家だったり……。

 そうこうするうちにようやくまともに留守の家を見つけて忍び込むものの、金目のものは勿論、中には本当にな〜んにもありません。褌が一枚に、おじやの入った鍋が一つ。これでおしまい。しけてやんなぁと思っていると、この家の住人が帰ってきます。慌てて、泥棒は畳を開けて縁の下に隠れます。

 さて、住人はおじやがなくなっていることに気がついて、これは泥棒が入ったなと察します。しめた。泥棒に家賃を取られたと言えば、大家さんもたまっている賃料を払えといわないだろうと、大家さんを呼びに行きます。

 大家さんは、同情して、男の代わりに奉行所に盗まれたものを届けてやろうと、何が盗まれたか男に尋ねます。別に盗られたものはないんだけど……と言う男に、こういうことは、ちゃんと届けておくことが、あとあと大切になるからと、男にしきりに尋ねます。そこまで言われて、男は、褌と布団、蚊帳……とあるものないもの言い出します。だんだん調子に乗ってきた男は、着物に先祖伝来の刀なんて嘘八百を並べ始めたところで、床下から泥棒が笑いながら出てきて、なに見栄はってんだい、お前の所には汚い褌と鍋しかなかったじゃないかと言います。

 落ちは、

「なんだって、こんな貧乏な家に泥棒に入ったんだい」
「へぇ、つい出来心で」
「出来心じゃ仕方ないな。もう二度と、こんなことをするんじゃないぞ。それにしても、お前もお前だ。なんだって盗まれてもいないものを盗まれたなんて言うんだ」
「へぇ、出来心で……」


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てん

 (てん) 別名:雪てん」「雑俳」「初雪」「歌根問」

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天災

 (てんさい)
 地口落
 出典:落語百選 秋 (ちくま文庫)

 喧嘩は食後の腹ごなしなんてぐらい、やたらと短気な方がおられました。

 この人物をいさめようと、ご隠居さんが人の道というものを説きます。

「お前さんは、小僧さんがまいていた水がかかったと言っては、店に怒鳴り込むが、雨で濡れても怒るまい。全てがその道理だ。腹が立ったら、人間がやったと思わずに、天がやったと思ったらよかろう。天のなした災い。すなわち天災と思って、何事も我慢しなさい」

 短気とはいえ、根が純朴なものですから、なるほどそういうものかと男は感心して家に帰ります。

 ちょうど、長屋では隣の熊さんの所で、前の奥さんと今の奥さんが大喧嘩の最中。しめた、さっそく先ほど聞いたご隠居の話を聞かせてやろうと、男は意気揚々と乗り込みます。

 喧嘩をやめなさい。喧嘩をしても一銭の得にもならない。それよりも、腹が立つことがあったら、天災だと思ってぐっと我慢するのが大事だ、などと昨日までの自分は棚に上げて、孝行と説教をたれます。

 最後まで話を聞いた熊さんは、

「俺っちがもめてるのは、先妻のことだ」


【参考】
 短気な人を諭す話としては、「二十四孝」があります。

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富の札

 (とみのふだ) 別名:水屋の富

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豊竹屋

 (とよたけや)
 途端落
 出典:落語百選 春 (ちくま文庫)

 豊竹屋の節右衛門さんは、義太夫が好きです。と言っても、普通に演じるのではなく、見たり聞いたりするものを、義太夫の節にして語るという、なんとも罪のない方でした。

 浅草は三筋町に住む花林胴八さんは、三味線が好きです。と言っても、普通に弾くのではなく、口で三味線のまねごとをするという、こちらもなんとも罪のない方です。

 この二人が、一緒に義太夫をやります。想像してみてください。そのうるささといったら……。

「はぁ〜、表の通りを旗立てて〜」
「ちん、ちん、ちんどんや〜」
「隣のばぁさん、洗濯、せんだくぅ〜」
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃ、しゃぼーん、しゃぼん」

 なんて、馬鹿なことをやっていると、鼠がちゅうちゅうと走り出てきます。それを見て、花林さんが、

「さすが、豊竹屋さんの鼠。うまく弾きますねぇ」
「いやぁなんの、少々かじるだけ」


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とみくら まさや(vzx01036@nifty.ne.jp) $ Date: 2000/08/13 $